十五夜 長崎奉行たちの不始末

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(三)戸田氏孟の墓参り ※このエピソードページは不快な表現を含みます。 戸田氏孟の命日が来て、奉行所の者たちが入れ替わりで墓参りをしていた。 「七蔵、どうしてみな、袴を穿いておらん?」 「ああ、行けばわかります。松山さまも、袴ははかずに裾をからげて、身軽で行かれたほうがよろしいですよ。」 「前任者の墓参りだからな。礼装でないと。」 「さすがです。」 七蔵の嫌味に、惣十郎がぼそっと付け加える。 「殺したい男だが、もう死んでるしな。」 惣十郎が七蔵以下、数名を連れて戸田の墓の近くに来た…すごい異臭がする。肥溜めのような、掃除のされていない便所のような… 「ひどい匂いだな。」 「はい…」 原因は戸田の墓だった。 周囲に数限りなく、立小便のあとがある。大便をしている者もいる。墓のまわりが濡れているのも、みな小便だ。 ーこれだから、みな裾をあげて墓参りするのか。 「…なんだ、これは…?」 「長崎の町人どもの、おやさしいお奉行さまへの、餞別です。」 七蔵が答える。長崎ほど治めるのが難しい土地はない。これがすべてを語る。 「やめさせられないのか?」 「ずっと見張りを立てますか?」 「…いや。いい。」 ーこんなやつの墓に、警備の金など使えるか。 惣十郎は神妙な顔をして手をあわせる。七蔵たちもならって手をあわせる。 「御役目、ご苦労であられました…帰るか。」 惣十郎はさっさと元の道を戻って行く。が、途中で立ち止まった。 「おい、七蔵。」 惣十郎がとつぜん袴を脱ぎ、七蔵に渡す。 「先に帰っていてくれ。」 着流し姿になった惣十郎はひとり、戸田の墓の前に立つ。ぱっと着物の裾をからげて、ぐいと褌の脇から手をつっこみ、いちもつを取り出した。 ーさっきのは、役人としての挨拶。そしてこっちは、男としての挨拶だ。お蝶の敵め、受け取れ。 惣十郎は戸田の墓にじゃああああとたっぷり立ち小便をすると、ふん、ざまぁみろ、と言って立ち去った。
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