十五夜 長崎奉行たちの不始末

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(五)恋の終わり 惣十郎と胡蝶の関係は、終わりに向かっているようだった。 胡蝶は生粋の長崎人だ。そして父は阿蘭陀人。外国ぎらいの松平定信のために働かざる得ない惣十郎とは、しだいに話があわなくなった。体調のせいか、戸田に弄ばれたせいか、惣十郎と寝ても喜ばなくなった。 以前は惣十郎が長崎のために働いていることを誇りにしていたが、惣十郎も江戸の手先だと吹き込まれ、今は長崎を支配している役人のひとりに過ぎないと感じるようだ。残念ながらそれは間違っていない。 胡蝶が屋敷に来ない日が多くなり、それが普通になった。惣十郎もあえて呼び出さない。惣十郎はだんだん、現実の胡蝶よりも、思い出の中の胡蝶大夫に会うことが多くなった。 胡蝶と初めてあった夜のことを思い出す。ため息のような胡弓の音、長い長い恋の始まり、追いかけても追いかけても手に入らない、美しい異国の蝶を見つけた感動。 ー俺もお蝶を珍しがって、手元に置くことで弱らせたひとりだ… 独りで過ごす夜に、惣十郎はふと、いちどでも思案橋に行かなければ、何かが変わったのではないかと思う。胡蝶が引退すると告げた日か、大阪で再会した日か、それとも…?胡蝶はもっと自分のための人生を歩めたのではないか。 むしょうに会いたいときもあったが、何を言ったところで、ふたりがあの頃に戻ることはない。 感傷もほどほどに、惣十郎はまた仕事に戻って行く。いまここで長崎の政策の手を抜くと、のちのちの国益にならない…
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