十六夜 いざよう波のゆくえ

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(四)蜻蛉の構え 「松山さま、すこし、お話ししても…?」 「めずらしいな、七蔵。俺が呼ばないかぎり、なかなか来ないのに。」 七蔵が持ってきたのは、平賀貞愛が松山を飛ばし、町役人などに武装指示を出しているという話だった。 「権限からいえば、おかしくはないが。どんな指示だ?」 「それが…何か事件が起こることを予期しており、それをさらに荒立てるとしか、思えないような手はずを…鉄砲まで準備しています。」 「そんなはずはないが…」 話をしたときの平賀を考えると、とてもそんな軽率なことをするとは思えない。 「それから、ちょっとおかしな連中が町役人に紛れていて…」 「おかしい?」 「ええ。構えがおかしいんです。このあたりの流派じゃない。」 刀を帯びる者は、長年にわたり剣の鍛錬をしている。それは幼いころから欠かさず叩き込まれるものなので、ふとした瞬間にのぞき見えてしまう。 「ちょっと、やってみてくれ。」 「いつもじゃないんですよ、でもたまに上段の構えが右寄りなんですよね…」 そう言って七蔵は右肩の上で拳をかさね、肘を高く上げる構えをして見せた。 「それは蜻蛉の構えじゃないか?」 ふつうは決して習わない破道の型とされる。何かの拍子にそれが出るというなら、自顕流で育った者かも知れない。 「どいつとどいつだ?」 「平賀さまが新しく雇われた連中です。」 「言葉はどうだ?薩摩は長崎と言葉が違う。」 「あまり話しませんねぇ。」 「…」 惣十郎は久石が言っていたことを思い出した。そして七蔵に、気付かれぬよう平賀を見張れと指示した。 ーもし仮に平賀どのが薩摩の間者で、そして奉行所と長崎の民の対立を深める筋書きを実行するなら…いったいどれを使うだろう…? いちばん簡単なのは付け火による陽動だ。下手人も捕まりづらい。打ちこわしは人手が要るし、確実に処罰される。今はやらないだろう。少人数で動くなら、残酷な殺しをいくつも行い、市中の不安を煽ることもありうる…? ーどれだー?どれも決定的な対立にはならないような…? そのとき、惣十郎の脳裏に泣いていた胡蝶がよぎった。 ー宗門改めだ… 折しも、浦上で隠れキリシタンの密告があった。あの件に必要以上に厳正に対処し、投獄や拷問をおこなうだけで、長崎ではじゅうぶんに軋轢を高めるだろう… 隠れキリシタンの密告は冤罪も多い。胡蝶がひどい目にあわされたのも氷山の一角だ。今回の浦上の密告も、私腹を肥やす庄屋と村民たちの、金をめぐるいざこざだとわかっている。しかし、あれをまだ悪用することは可能だ。 どうやって尻尾をつかむか。そもそも、あの平賀、本当に江戸から送り込まれた奉行なのか…?惣十郎は頭を冷やして、江戸と長崎の移動を考えてみる。江戸で目付の仕事を引き継ぎ、大急ぎで長崎に向かったとして…到着が少し早いのではないか…? 惣十郎はふたたび、七蔵を呼んだ。
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