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─3─
酷い目覚めだ。
久しぶりに深酒をしていしまい、二日酔いになってしまった。
冷たい水で顔を洗い、なんとか身支度をし、外へ出た。薬を飲むため、コンビニでパンとコーヒーを買い、無理やり流し込み、会社へ向かう。
「まずい、遅刻しそうだ」
二日酔いにはキツイが走るしかなさそうだ。会社までそう遠くはないので走れば間に合う。しかし、走ってすぐに異変が起きた。はじめは二日酔いのせいかと思っていたが、明らかに動悸が激しいのだ。いや、激しいというより、不規則なリズムで鼓動を刻み、息が詰まる。
どういうことだ……。次第に、胃のあたりが激しく痛み出し、いよいよ、立てなくなってしまった。そして──、ここで意識は途絶えた。
次に目が覚めると、病院のベッドだった。
視界がぼんやりとしていて、頭も痛い。これは二日酔いなのか?
「大舞さん? 気づきましたか? 聞こえますか?」
「は、はい……」
自分でははっきりと答えていたつもりだったが、思ったより声が出ていないようだった。
「先生からお話がありますので、お待ちください」
先生から? 病状の説明か?
五分もしないうちに、先生が病室に入ってきた。俺よりは年上だろうが、まだ若そうだ。日本人離れをした堀の深い顔立ちで、聡明さが伺える。これは、モテる……など、考えているうちに説明が始まった。
「大舞さん、今回助かったのは、奇跡と言っていいほど、病状は深刻です」
──おい、何を言っている。昨日まで酒も飲めて、女とも遊べて、性欲もあり元気だったんだぞ。
「はっきりとお伝えしますが、移植以外、助かる方法はないと思います」
ここからの話は、覚えていない。病名も言っていたと思うが、記憶の保管庫に鍵がかかり、そこから出すことができない。ただ、頭の中にしっかりと残っている言葉もある。
──移植。
どうしちまったんだよ、俺の体。あんなに元気だったのによ。こんなにも突然に悪くなるもんかね……。
認めたくはないが、妻と陽向の言葉は正しかったと言えるだろう。これは完全に天罰であり、閻魔大王が俺を連れて行こうとしているのだ。
次の日、移植までの道のりを聞き、絶望という言葉しか思い当たらなかった。こんなの、死ねと言っているようなものじゃないか……。
ここまできてようやく、自分の行いを悔やみだしていた。浮気をしていたということより、こういう時、誰も頼れる人がいない、心配してくれる人がいない……。信用をしてもらえるような人生を、歩んでこなかった自分が悪いのだが、あまりにも惨めだ。
少なくとも、一か月の入院が決まり、会社には貯めていた有給でなんとか対応をしてもらった。
長い道のりになることを覚悟したときだった。
「大舞さん! ドナーが見つかりました!」
何? もう見つかったのか?
どうやら俺は、地獄でさえ受け入れ口がない人間らしい。
奇跡はまだまだ続いた。長時間の手術を無事に乗り越え、拒否反応もなく、なんと、三週間で退院となったのだ。先生も驚く適応と、回復力だそうだ。
だが、すぐに仕事復帰とまではいかず、退職を決めた。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。上司はいつでも戻って来いと言ってくれ、元気になったら必ず戻ると心に決めた。
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