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 西谷は駅で富田と別れると、無性に腹が減って駅前のファミリーレストランに一人で入った。  フォークに絡められたパスタが不覚にも花びらを連想させ、花々に囲まれた吾妻の死体が頭に浮かぶ。  そして、教壇に立つ生前の吾妻の姿がよみがえった。  彼の授業は、よく話が脱線するのが特徴だった。  原核生物の話をするところでとある研究者の秘話を語りだし、交感神経の話をするところで人はなぜ夢を見るのか、持論を語りだした。  そしてとある授業のとき、彼は小噺として、自分の趣味を楽しそうに語った。  「未解決事件をよく調べるんだけどね、ああいうのを見ると、やはり完全犯罪は存在するんだって思い知らされるよね」  そのとき、急激に脳内が赤色に満たされた。  実に久しぶりの危険信号だった。なぜだろう。なぜ今、信号が反応したのだ? その理由はすぐに分かった。  吾妻は続ける。 「俺もさ、探偵みたいにお蔵入りになった未解決事件を華麗な推理で暴きたい、っていう欲望があるんだよね」教室内が騒ぎ出す。それとともに胸騒ぎがした。「ところでみんな、『自殺生配信事件』って、知ってるかい?   みんながまだ小学生くらいのときに起きた事件なんだけど、ちょうど君たちと同じ年齢だった少年が、とある山で崖から飛び降りて自殺したんだ。気味悪いのが、その少年が自殺する瞬間を自らとあるサイトで生配信していたことなんだけどね——」  間違いなく、かつて自分が起こした事件の話だった。  しかし、なぜ未解決事件の話に、すでに解決した事件を持ち込んでくるのだろうか。 「気になって暇なときに、その生配信された映像を検索してみたら、意外と簡単に閲覧することができた。試しにその映像を見てみたら、ひとつ、不自然なことに気が付いた。  事件当時のニュース記事を読んでみると、こう書かれてあった。『山のふもとを流れる小川で見つかった少年の遺体は、損傷が激しかったが、少年が当時履いていた靴や半袖のシャツから、行方不明の少年と同一人物だと判断した。』とね。  さて、例の映像の話に戻るよ。映像を注意深く観察すると、少年が谷底を覗き込んだときに、ほんの一瞬だけ彼の履いている靴が映し出されるんだ。しかしその靴は、記事の内容とは違ってだったんだよ。一方で、カメラを持つ高さからして、死亡した少年と撮影者の背丈はかなり一致しているらしい。これは不思議だね。  俺は気になってさらに調べてみたんだ。すると——」 「先生、授業進めてほしいんですが」  西谷がそう言うと、吾妻は一瞬つまらなそうな顔をして、話を中断した。  西谷が都市伝説めいた話をひどく嫌っていることはクラスの皆が知っていたため、誰も彼を咎めなかった。そもそも、クラスのすべての権利を、西谷が握っているのだから。  しかし、まさかあのとき、目の前の秀才がほかでもないその事件の犯人だとは、あの場にいる誰一人として想像しなかったことだろう。  だが一方で、好奇心旺盛な吾妻をこのまま野放しにしておけば、いずれは事件の真相に気づいてしまう可能性が高かった。  もし事件当時、あの場に西谷もいたということを知ってしまえば、それと同時に彼はすべてを知ってしまうことになる。  頭の中ではサイレンが響いている。  体中のすべての機関が叫んでいる。  吾妻を排除するべきだ、と。  西谷はまず吾妻に近づくために、図書室で植物に関する本を何百冊と借り、短期間で植物についての情報を頭に蓄えた。それも彼には実に容易いことだった。  そして準備を整えたのち、自分も植物が趣味だとうそぶき、吾妻とかなり急ピッチで仲を深めていった。  もちろん、そのすべては、吾妻進という危険因子をこの世から抹殺するためだ。  やがて計画を決行した。  結果として西谷は再び人を殺めることになってしまったが、それによって得られる利益は前回の殺人よりも格段に大きかった。無論、前回の殺人が今回の原因となってしまっているわけだが。  それはともかく、ようやく西谷には安寧が訪れたわけだ。このまま吾妻の死も自殺と判定されれば、西谷はこのゲームに勝ったことになる。  The world is mine oyster.  いつかの日に読んだ、シェイクスピアの一節を思い出す。   誰もが西谷にひれ伏し、この世界はやがて自分のものとなる。そんな未来でさえ、今や容易く思い描くことができた。
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