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「病死、でしょうかね」  鑑識のシャッター切る音を聞きながら、冬城は呟いた。  閑静な住宅街の一角。  広々としたリビングルームに設けられたダイニングテーブル。その足元に倒れて動かない中年女性。苦悶の表情で硬直しているその様子から、すでに生き絶えていることは一目でわかる。  水戸は現場を一通り見渡してから、顔をしかめた。  目を見開いているその顔には、奇しくも見覚えがあったからだ。  「冬城さん、彼女って——」  「名前は小島久美。蒼海高校の教師ですね」  「私たち、彼女に話を聞いたことありますよね」  「ええ、そういえばありましたね」  駆け足で、甲府警部がこちらに向かってきた。  「まずいことになったねえ」間延びした声で彼は言う。「学校に出勤してこないことを不審に思って訪ねてきた教師が、遺体を発見したらしい。鑑識によれば、亡くなったのは昨日の夕方ごろだって」  ダイニングテーブルに置かれた、すっかり冷えた鍋が目に入った。  その奥には取り皿が置かれていて、そこにもわずかに具材が残っていた。そして、遺体とともに床に転がる箸。  「このタイミングでの死は、明らかにおかしいと思いますが」  「私もそう思うね」  水戸の呟きに、甲府もうなずいた。 「でも、現場を見たところ不自然な点はありませんが?」  一方の冬城が、そうこぼす。今までの鋭い洞察力はどこに行ってしまったのか、彼はこの事件を何ひとつ不思議に思っていないような表情だ。  「不自然な点......?」確かに、それは今のところはない。「それは、確かに」  「それに、もしこれが何かしらの病的要因による急死ではないのだとしたら、何だというのです?」  「それは、殺——」  「皆さん!」    水戸の答えを遮るように、上の階から声が聞こえた。手袋をつけた刑事が、パソコンを抱えながら駆け下りてきた。  「どうしたんだい?」  甲府警部が言うと、刑事はパソコンの画面を見せつけた。 「パソコンに、遺書のようなものが」 水戸も画面に目を向ける。 ——愛する人に、会いに逝きます。  文書作成アプリらしき画面に、大きく書かれた文字。  それを見て、真っ先に水戸の頭をよぎったのは、あの吾妻進の死だった。 「まさか」  「……ふうむ」冬城が長身を折り曲げて画面を覗き込む。「ああ、そういうことでしたか」  彼はそんなことを呟きながらゆっくりと踵を返し、どこかへ消えてしまった。 吾妻の死にショックを受けた小島は、自ら命を……?  「自殺の動機として、筋は通っているね」  甲府警部が顎をさする。  確かに、これが後追い自殺なのだとしたら、このタイミングでの死も納得がいく、だろうか。  「いや、事情聴取したときの小島さんは、吾妻さんの死に悲嘆しているような様子ではありませんでした」水戸は早口に言った。「このタイミングでの自殺は、やはり不自然です」  「まあ、そうだねえ」  「それに、遺体に外傷が見当たらない点からして、服毒自殺を図ったのだと推測されますが」水戸は、亡骸に目を向ける。「小島さんは食事中に亡くなったようです。だとすれば、この鍋の中に毒を入れたとしか考えられません。自殺しようとして、毒入りの料理を食べるなんていう、奇抜な方法をとるでしょうか」  「なるべく苦しまずに死にたかったのかもしれませんね」ドアの向こうから、冬城のつぶやきが聞こえてきた。「なんら不自然ではありませんねえ」  「え? でも——」  水戸もリビングから廊下に出ると、目の前に冬城が立っていた。彼はそこに何があるのか、窓辺の方を向いている。  「なんです?」  彼が水戸を振り返る。  「冬城さんも、生前の小島さんを見ていますよね? あの人は、いきなり自殺を図るはずありません」 「自殺をする人の行動は、予測不可能らしいですよ」 「それは……そうでしょうけど」  水戸は今まで捜査した自殺事件に思いを馳せながら、微妙な返事をした。  命を絶った人の遺族に話を聞くと、その大半が「まさかあの人が……」と呟きながら嗚咽していた。  それが事故死でなくとも、人は不意にいなくなってしまう。  冬城は続ける。  「少なくとも、自殺か自殺でないか決めるにあたって、被害者の以前の様子などあてにならないんです。自殺ではないことを証明するには、動かぬ証拠が必要ですね」  そのとき冬城は、窓辺に置かれた何かを持ち上げ、そしてこちらを振り返った。それは何やら鉢に生える、植物だった。 「なんですか、これ?」 「僕の知識では分かりませんが」彼は顔に笑みを湛えながら、片手で植物の葉を指さす。「一部の葉が毟り取られています」 「あ!」 「これが毒だとすれば——」
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