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見えるモノ/見えないモノ
「へへ、傘忘れちゃった」
「じゃあ、一緒に入る?」
「ありがとっ!」
彼と一緒の傘で帰りたいが為のあざとい嘘。朝から雨なのに持って来ない訳が無い。彼もツッコミをいれるような無粋な真似はせず笑顔でそれを受け入れ、そうして私と彼は1つの傘に入って下校した。
すぐ傍に彼がいる。互いの肩が触れ合う距離は吐息までも感じられそうで余計に意識してしまう。
イジメを受けていた時期と比べれば彼の表情はだいぶ改善してきたが、それでもまだ時折翳りを見せてくれる。
そんな帰り道。突然彼の足がピタリと止まった。
顔色を真っ青にして目を見開いて、道端の一点を見つめている。
「…どうしたの?」
「青木…どうして…」
「青木って…春馬を虐めてたアイツ?…見えたの?」
そんな筈は無い。だってアイツは…いや――
まさかと春馬の視線の先を探るが、そこにはシャッターの閉じた空き店舗があるだけで、そこには誰も居なかった。
「どうしたの?誰も居ないよ?」
だが春馬は、まるでそこにあってはならない何かを見たかのように、汗をかきながらブルブルと震えだした。
「うわああああぁぁぁ!!」
そして彼は傘も放り出し、私をその場に残し逃げ出してしまった。
疎らな通行人の視線が、何事かと残された私に降り注ぐ。私は道に転がる傘を拾い上げ、そそくさとその場を立ち去った。
途中チラリと振り返ってみたが、彼が見つめていた視線の先には、やはり何も見えなかった。
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