開幕

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 グランティスは世界で他に類を見ない規模の剣闘場を有することで知られています。その剣闘場は、エリシア様の闘志を満足させるために彼女が作らせたものです。とはいえ、いくら強者を集めたところで「力を司る神」そのものであるエリシア様を満足させる者など人間の中から現れるはずもないのですが。結局は、「彼女と対等にやり合える者」を見つけるためではなく、「彼女の目に適う、鍛えるに足る強者を発掘する」ことが剣闘場の存在意義となっていきました。エリシア様にとっては充足感より、退屈しのぎに過ぎなかったでしょう。  次代女王ということになっているわたくしは、剣闘場を維持するため、成人年齢である十五歳を迎えると、国王の補佐としてその運営に携わることになりました。試合の開催時間は主賓席から観戦しておりましたが……。剣闘場を愛する皆様が是非にもこちらへお出でになりたいでしょう、選手のお顔まではっきり見えそうな絶好の位置で立ち見させていただきながら、わたくしは試合観戦を楽しむことは出来ませんでした。飛び散る血液の匂いには眩暈を覚え、傷を受けて苦悶する選手の皆様の表情には目を背けたくなってしまいます。  こんな日々がこれからもずっと続くのでしたら……わたくしのような不心得者ではなく、もっとエリシア様に似た気質の女王に相応しいお方が、この国に生まれてくだされば良かったのに……わたくしは、女王になど生まれなければ良かったのに。  そう、思い始めた矢先のことでした。彼と出会ったのは。  その日、わたくしは剣闘場に新規で参加登録を希望する若者との集団面接を行っていました。新人選手の参戦出来る予選会は月初めに一日限りという決まりになっているので、面接もその日程に合わせて月に一度限り。各国から、世界一の剣闘場で闘うことを夢見る若者たちが集いますが、グランティスへ到着した時期によっては面接まで十日や二十日以上も待ちぼうけした方もいるのです。要するに待ちくたびれて、待ち焦がれて、その熱意を面接でこれでもかとぶつけてこられます。  この日の面接希望者は五名でした。先の四名が唾やら汗やら弾かせる勢いで熱弁した後で、五番目の椅子に腰かけた彼は、自分の順番が回ってきても口を開かず。膝の上に広げた手記らしきものをじっとりと見つめていました。  わたくしは手元の書類……彼が今日までに提出した、郷里から持参した身分証の写しと持病の有無を記した診断書を確認します。それを見てある程度、彼の行動は納得しました。
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