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「……テリア・ランセル殿? あなたの番ですよ」
内心は彼への同情心も芽生えましたが、このままではお待ちになっている他の四名がお気の毒です。わたくしは彼へ呼びかけました。
剣闘場には、十五歳であれば誰でも参加希望を出すことは可能です。そうだとしても、彼……テリア・ランセル殿は、剣闘士志願者としては些か細身で、表情も闘気に満ち満ちているとは言い難い印象でした。
ランセル殿は立ち上がりましたが、どこか不安げな表情でした。その表情とは反してしっかりとした足取りで歩き出し、わたくしの方へ向かってきます。
わたくしの隣に立ち、控えていた近衛兵がとっさに動こうとします。何せ先代女王は誰にも負けるはずがないので前例があるわけではないのですが、面接会の場では腕に自信のある者が間近で王族と対面するのです。王族に害意ある者が紛れ込み、危害を加えようとする可能性も考慮され、用意された座席よりこちら側へ接近することは最初から禁止されています。
ですが、わたくしは近衛兵を手で制止し、彼が目前まで来るのを待ちました。わたくしに何らかの害をなす気があるのでしたら、もう少し、それに相応する足さばきをしていると思うのです。
彼は両手で、開きっぱなしの手記を、わたくしに手渡しました。それを受け取って目を通します。
「けんとうじょうの人へ
この人、テラ兄ちゃんは生まれた時から口がきけなくて、文字が書けません。耳は聞こえているので言ってることはわかります。
そのことで村のみんなにからかわれたりしてたけど、体を動かすのがとくいで、ケンカで誰にも負けたことがありません。
だから立派なけんとうしになれるとおもいます。
じぶんの口では言えないし書いて伝えることもできないから、かわりにおれたちが書きました。
試合にださせてあげてください。どうかおねがいします。
メリク・ランセル
ギネイ・ランセル」
幼さの残る、たどたどしい文字でそう、書かれていました。十五歳のランセル殿の弟となると、そこまで幼くはないのではと思うのですが……身分証に記された彼の故郷は辺境で、教育水準はそんなに高くはないらしいと聞いたことがあります。生涯、その村を出ずに終える人も多く、そこを離れないのであれば問題なく暮らせるのでしょう。
後に彼と親しくなってから、手記の続きを見せていただけました。そこには、弟達なりに、今後の兄が困りそうな場面を想定した様々な「お願いします」が記されていたのでした。
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