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「グレス様、どうします?」
わたくしの隣に着席していたのは、王族に代わって剣闘場の主宰を務める剣闘大臣。自ら意思表明をせず、持参した紹介状も責任ある立場ではなく、未成年からのもの。こんな志願者は過去にありませんでした。
「……よ、よしとしましょう」
わたくしの言葉を受けて、大臣は「志願、承認する。席へ戻りなさい」と声かけします。耳は聞こえているというのは本当なのでしょう。その瞬間、彼は深く溜息をつき、ほっとひと安心。一瞬だけ顔をほころばせて、わたくしはその表情を見逃しませんでした。大臣が咳払いをしたことで、こういった場で気を抜きすぎた失態に気付いたのでしょうか。慌てたように精悍な表情を取り繕い、わたくし共に深く頭を下げて席へ戻っていきます。
面接会は解散となり、剣闘士志願者が全員退室したのを見計らい、大臣は呆れ顔でぼやきます。
「五人目……いかにもな田舎者、世間慣れしてない若者ですなぁ」
「大臣、言葉が過ぎますよ」
グランティスとて、国を出れば他の国では田舎者と誹りを受けることだってある。そんなことを言われたら口より先に手が出ることもよしとされがちな国民性を蔑まれるのだって珍しくありません。自分が言われたくないことを易々と口に出すべきではないでしょう。そう指摘すると、大臣は口が過ぎましたな、と頭を下げてくださいました。
田舎者……は、ともかく。別の意味ではわたくしも同意見ではありました。あの、一瞬だけ見せた表情はあまりにも純朴で、……優しくて。わたくしが剣闘場で拝見してきた数多の剣闘士の皆様とは、あまりにも空気感が違うのです。
弟達の言うように、信じるように。「立派な剣闘士になれる」。本当にそのようなお人柄なのでしょうか。わたくしにはどうしても、疑わしく思えてしまうのでした。
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