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「剣闘場の決まりで最も大切なのは、試合終了の条件を知ることです。
ひとつ。相手が武器を手放すこと。これは対戦相手との攻防によってうっかり手放してしまうのと、降参の意思表示として自ら手放すのも含みます」
よろしいですか? と確かめると、彼は真剣なお顔で頷きます。
「ふたつ。相手が意識を失ってしまった場合。追撃によって命を奪うことは禁止です。
そして、みっつめ……対戦中、相手が死亡してしまった場合です。ふたつめは失格になりますが、みっつめはそうではありません。その違いがわかりますか?」
彼はしばし考えたそぶりで、一度、深く頷きました。このような訊ね方、言葉でお返事出来ない彼には意味がないでしょうか。いいえ。もちろん、この後わたくしからきちんと明言いたしますが、大事なことなので自分でも一度考えて欲しかったのです。
「剣闘場では、試合の最中に結果的に殺めてしまっても失格ではありません。故意でないのなら。しかし、反撃出来なくなって倒れた対戦相手に意図的にとどめを刺すのは、故意の殺人と同じです。だから禁止されているのです」
わたくしの言葉の終わるのを待って、彼は再度、頷きます。
「規則上はそう、なっているのですが……わたくしは、いくら禁止ではないといっても、剣闘場でお亡くなりになる方を見るのは胸が痛みます……出来る限り、そのようなことが起こらないよう、お祈りしています」
彼は不思議そうな目でわたくしを見て、ほんの僅か、首を傾げていました。わたくしは武勇の国の次代女王にして、現に剣闘場の運営に関わっています。このような軟弱な思想を持っていて、しかも初戦すら迎えていない新人剣闘士志願者を相手にそれを溢して、闘気を削ぐようなことを言うのです。奇妙に思われても仕方がありません。
「……よっつめ。剣闘場の参加者は全員、首を守る防具を装備することが義務付けられています。お手持ちの武器の刃先を首元に突き付けられたら、勝敗は決します」
気を取り直して、最後の項目をお伝えして。何か疑問はおありでしょうか……と、口に出しそうになって、やめました。彼は、言葉が話せない。筆談も出来ない。「はい」か「いいえ」で答えられる訊き方をしなければ、負担に感じてしまうでしょう。
「お伝えしたかったのは、以上です。ご理解いただけましたか?」
そう口にすると、彼は頷いてくれて、その日はお別れになりました。
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