百人

1/4
前へ
/34ページ
次へ

百人

 剣闘士になりたいと自ら志願して来られる方というのは、たいていは腕に自信があるとか、武術の経験があるとか。自ら愛用の武器を持参して来られる方が多いです。そうでない方というのは、……あまり考えたくない実情ではあるのですが、お金に困って身売りされてきたような形で、剣闘場に参加してきたようなお方、というか。  ランセル殿は腕に自信があるのは間違いなく、自ら志願されたのだとわたくしは感じておりました。それは間違いではないのですが、心底から好き好んで剣闘士を目指していたのではなく。口がきけないゆえに他のお仕事に就けそうにないから、とりあえず剣闘士になってみようかという事情があったらしいとわたくしは後に知ることになりました。  と、いうわけで、彼は自らの手持ち武器はなく、初戦を迎えました。前日にお伝えしたので首を守る防具だけは街の防具屋で仕入れて、身に着けてきてくださいました。  自前の武器をお持ちでない方には、剣闘場の備え付けのサーベルを無償で貸与しています。これはエリシア様が監修の上、こだわり抜いて設計して作らせた特注品です。通常のサーベルよりも幅広の曲刀。護拳は両手持ち、片手持ちでも持ちやすいように調整しています。要は、元より多様な取扱いが可能なサーベルを更に複雑な動きで取り回し出来るように改良した結果なのです。  本選と違って予選会は、その場でくじ引きによって対戦相手が決まります。ランセル殿の初戦の相手は予選会ですでに三十勝をあげている、なかなかの実力者でした。予選会で百勝すると、予選会を卒業して本選に出場できる、正式な剣闘士として認定されます。  試合開始を告げる銅鑼が打ち鳴らされました。対戦相手はすぐに獲物を構えて前進します。彼は狩猟民族の出身で、郷里で狩りに用いていた大型ナイフ(ハンガー)を常から愛用しています。双方、体格はほぼ互角です。  ランセル殿は一向に動かず、相手が目前に迫ろうとしているのに構えもしません。しかし、表情に緊張も見られず、怖気づいたというわけでもなさそうですが……。  その瞬間、何が起きたのか、わたくしはとても目で動きを追えませんでした。ランセル殿は右手にぶら下げていたサーベルを、ほんのわずか後ろ足を下げて右足を軸にして重心をかけると、一瞬にして右腕を斜め上に振り抜きました。……おそらく、そうしたのだろう、と推測しただけです。気付いた時には彼がそのような体勢になって、天に刃先をかざしていたから。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加