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対戦相手はぱちぱちと、目を瞬きさせていました。いつの間にか、愛刀がその手から消え失せている。刀は上空をくるくると回転し、ランセル殿の後方に落ちました。地面に突き立つのではなく、無様に、刀身から地面に着地して。
その状況に皆が気付くまで、しばらく間がありました。誰から始まったのか、いつしか会場全体をブーイングが包んでいました。
「え!?」と言いたそうに、ランセル殿は自分達を取り囲む観戦客達に戸惑いの顔を向けて、その場でひと回りして。どうやらその中に自分に味方しそうな人はいないらしいことを察知して、肩を落としてしまいました。
「困るんだよね~、ランセル君。剣闘場のお客さんは観戦を楽しみに来ているのだから、あーんな一瞬であっけなく終わらせてしまわれては」
主賓室にランセル殿をお呼びした大臣はそう苦言を呈します。剣闘場はあくまで、大臣が運営責任者。主賓というのは、同じ運営者側ではありますが、わたくしを含め王族が観戦するための席となっています。
「いいや、大臣。何も悪いことはない」
本日はわたくしだけではなく、我が父。現グランティス国王も観戦しておりました。父は意図して伸ばした黒ひげを撫でながら話すことに安らぎを覚える癖があり、今回もそのようにしながら話し始めます。
「エリシア様がお亡くなりになってから、いつしか剣闘場は国民の為の見世物となってしまっていたが……あくまで、彼女に見合う剣闘士を見つけるための場であったはずだ。ランセル君のような手練れを見つけたら、エリシア様は大層お喜びになっただろうなぁ」
父はエリシア様を心から尊敬しておりました。彼女が亡くなったことで父はグランティス国王に即位出来たのですが、それをちっとも快く思ってはおりません。叶うならば彼女を喪わず、今も我が国の女王として君臨していただくことを望んでいたのでしょう。自分が王になれずとも。
「もしかしたら君は、予選会の選手ではすでに相手にならないのかもしれない。ちょうど、現在、予選会に登録している選手は百人いる。その全員と一日で連戦してみるというのはどうかね?」
我が父ながら、なかなかの無茶振りをおっしゃいます。いくらランセル殿にそれほどの才能を見出したのだとしても、一日で百連戦なんて。本日の対戦相手はすでに対戦済みということで、残りは九十九人でしょうか。
「今日と明日、どちらが良い?」
さしものランセル殿も困惑の眼差しが隠せないというのに、父は楽しげにそう続けます。見かねたわたくしは父上に耳打ちします。少しだけ、お口を噤んでいてくださいませ、と。いくら娘といえど不敬ではありますけれど、父は肩を竦めて了承くださいました。
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