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「ランセル殿、あの、大丈夫ですか? 我が父ながら雑な提案を申し上げて……。もし、よろしいのでしたら、わたくしが次に『今日にしますか』『明日にしますか』と訊ねましたら、どちらかで頷いていただけますか?」
わたくしは平均的な女性の体形なもので、身長の高いランセル殿とは頭ひとつ近く差があります。昨日のように座って対面していたら気になりませんでしたが、そう呼びかけますと、ランセル殿はわたくしを見下ろす形になりました。
不思議なことに、そのように見下ろされているというのに、なぜだかまるでそのような印象を受けません。その瞳の表情がどことなく幼くて、まるで小さな子供に上目使いに窺われているような心地になってしまうのです。
「今日にしますか?」
さすがに、こちらはないでしょう、と、言葉にしながらわたくしは予想していたのです。こんな無理難題を告げられて、その日のうちに承諾してしまうなんて、そんなこと。
しかし、ランセル殿は意を決したような表情で、こくりと頷きました。何かの間違いではと疑って、念のため「明日にしますか」も告げますと、動きはありませんでした。ほ、本当によろしいのでしょうか?
実のところ、ランセル殿は故郷からの長旅ですでに持ちだしの資金が尽きかけていて、この日のうちに百戦分の報奨金が得られるのならそれもまたよし、と判断していたようなのです……故郷で負け知らず、それだけ己の実力に自信があったのでしょうけど、それにしたってあまりにも……。王族に生まれて経済的に困窮した経験のない我が身が、世間の皆様に対して申し訳なく思えてしまいます。綺麗事を申すなと逆に叱られてしまいそうですが……。
かくして、百人抜きはその日の一時間後には開催されました。先ほどブーイングをしていた観客達も今までに見たことのない催しに大盛り上がりでした。
ちぎっては投げ、という表現がありますが、ランセル殿の百人抜きでの戦いようはそれに近いものがありました。善戦できた者も何人かはいたものの、ほとんどの選手はサーベルの一振りで的確に武器を弾き飛ばされて終わってしまうのです。
ランセル殿からしたら、予選会の選手達はまだ動きが洗練されていなくて、隙が見えるようです。そして、昨日わたくしがお話しした「勝敗の決め手」の中で、最も手っ取り早いと彼が感じたのが「武器を手放させること」だったのでしょう。
こうして剣闘場の歴史に、予選会一日で百人抜きの記録が新たに刻まれました。
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