67. 見えてくる世界

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67. 見えてくる世界

「め、女神様に会いたいのです! 何とか会う方法はありませんか?」  オディールはすがるように叫んだ。 「女神様にですか? うーん……。女神様の目の色は何色か……ご存じ?」  突然の奇妙な侍祭(アコライト)の質問に、オディールは困惑しながらも必死に記憶を辿(たど)った。 「確か……黄色っぽい……あれは何色っていうのかな?」  オディールはレヴィアに振る。 「琥珀(こはく)色じゃな。なぜ目の色なんか聞くんじゃ?」  レヴィアは侍祭(アコライト)をいぶかしげに見つめた。 「ふふっ、あなた方は女神様の縁者の方なんですね。ならご存じだと思いますが、女神様に連絡を取っても基本反応はありません。それこそ全宇宙の無数の方々が女神様にお話を聞いてもらいたがっていますからね」  女神の事に詳しい侍祭(アコライト)。教皇なんかよりはるかに頼もしい存在の登場に色めき立ったオディールは、駆け寄り手を取った。 「そ、それは分かりますが、どうしてもすぐに会わないとならないんです」 「ごめんなさい、私でもそう簡単には会えないのですよ」 「いやでも、会う方法、絶対何かありますよね?」  必死に食らいついてくるオディールに侍祭(アコライト)は圧倒され、苦々しい笑みを浮かべる。 「うーん、次元回廊で神殿とはつながっているので、理屈としてはそこを通るという手はありますが……。私でも危険で難しいのでとてもお勧めはできません」  侍祭(アコライト)は申し訳なさそうに首を振る。 「えっ! それ! それ、やります! 教えて下さい!」 「あらら、言わなきゃよかったですね……。次元回廊はこの世の残渣(ざんさ)の吹き溜まり。形も定まらねば、魑魅魍魎の住処にもなる混沌の世界。多分……、死にますよ?」  侍祭は諭すようにじっとオディールを見つめた。 「神殿へ行ける可能性はゼロではないですよね?」 「それはまぁ、奇跡的に幸運が重なれば……」  侍祭(アコライト)は渋い顔をして目をそらす。 「命とは誰かのために燃やすものなんです」  オディールは侍祭(アコライト)の手をギュッと握りしめた。  え? 「ただ生きるだけでは人生何の意味もありません。前世では自分はだらだらと適当に生きて、無駄に命を失いました。もう何にも残らない、それこそゴミのような人生でした……。だから今こそ、悔いなく、まっすぐに全力でこの命燃やし尽くすんです。教えて下さい!」  オディールは決意にみなぎる目で侍祭(アコライト)を貫く。それは、ミラーナを救える可能性があるなら命など惜しくないという圧倒的な覚悟だった。  う、うーん……。  侍祭(アコライト)は困った顔をしながら思わず後ずさり。 「お願いします!」  畳みかけるオディール。  侍祭(アコライト)はしばらく何かを考えると、うなずき、慈愛に満ちた笑顔を見せる。 「いいでしょう、ついてきなさい」  侍祭(アコライト)はすたすたと歩き始めた。  やったぁ!  オディールは満面の笑みでガッツポーズを見せる。  ついに得た女神様への手がかり。首の皮一枚でつながっているような状態だったが、絶対にやり遂げて見せると、オディールはキュッと口を結んだ。            ◇  侍祭(アコライト)は月明かりが美しく照らす中庭を静かに歩く。  足音がしないことを不思議に思ったオディールは侍祭(アコライト)の足元を見て驚いた。その足は地面からわずかに浮かび、歩くふりをしながら静かに空中を飛んでいたのだ。 「天使(エンジェル)じゃな」  レヴィアは耳元でそっとつぶやいた。 「天使(エンジェル)?」 「女神様の部下じゃな。ワシら眷属(けんぞく)とは違ってお仕事をやっとるんじゃ。スキルの付与なども彼女の仕事じゃろう。こんな所におったのか」  教皇が生臭で、末端の侍祭が実は本当の聖職者だったのだ。そんな教会の不条理な構造にオディールは疑問を感じ、肩をすくめた。            ◇ 「こちらが特異点、女神様の神殿の空間に繋がる次元回廊の入り口です」  侍祭(アコライト)は精緻な彫刻に彩られた祭壇の前にある井戸を指さした。 「えっ!? この中?」  オディールは驚いて中をのぞいてみる。  井戸の中は底の方に聖水がたまっており、黄金色に光る微粒子がフワフワと美しく舞っていた。 「こ、この中に行けば次元回廊経由で神殿に……行ける?」 「井戸に降りるだけでは駄目です。この底で聖水に浸かりながら深層意識の中に身をゆだねるのです」 「し、深層意識……?」  オディールはいきなり難しいことを言われて困惑した顔でレヴィアを見た。 「心であり、魂の事じゃ。瞑想(めいそう)しろって事じゃな」 「えっ!? 瞑想なんてやったことないよ……」  泣きそうな顔をするオディール。 「しょうがない奴じゃな。深呼吸して心を落ち着けるだけじゃ。四秒息を吸って、六秒止めて、八秒かけて息を吐く。やってみろ」 「わ、分かったよ……」  スゥーーーー、……、フゥーーーー。  スゥーーーー、……、フゥーーーー。 「うまいうまい。その調子じゃ」  しかし、オディールは次々と湧いてくる雑念に流される。 『急がないとミラーナが……』『ケンカなんかしちゃって、謝りたい……』  オディールは懸命に頭を振って、迫りくる雑念を払いのけようと試みるものの、それでもなお次から次へと押し寄せてくる。 「ダメだ! 上手くいかないよぉ……」  ブンブンと首を振ったオディールは、今にも泣きだしそうな顔でレヴィアに目を向けた。 「雑念湧いたら消そうとせずに『そういう考えもあるじゃろ』と、受け止めてそっと送り出してあげるんじゃ。あせらんでええぞ」 「そ、そうなんだね……」  オディールはもう一度姿勢を正すと深呼吸をやり直す。  スゥーーーー、……、フゥーーーー。  スゥーーーー、……、フゥーーーー。  やがて心地よい軽やかさに包まれ、意識が深いところへと落ちていくのを感じた。  すると、いままで感じなかったかすかな虫の音や、風に揺れるこずえの動きなどが鮮やかに感じられるようになってくる。  オディールは生まれて初めて世界を全身で感じ、その驚くべき豊かさに心を奪われた。
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