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翡翠ミナ(19歳)は、コンセプトカフェで働く店員であり、親や学校に内緒で採用面接に応募した。正体は秘密だ。しかし、何者かに盗撮された写真が週刊誌に売られてしまった。
「令和最終進化系JK♡」…なんですかそれ!? 何で私の顔写真まで載っているんですか。指名手配みたいじゃないですかっ! 年齢も違いますよ。確かに間違ってはいないけど、今年で十九になるのに、それより前の写真ってことは、盗撮ですよね。
呆然と誌面を見つめる翡翠ミナに、隣に座っている田上さんが話しかけた。彼はこのコンセプトカフェのマネージャー兼店長代理だった。
「どうだい? 可愛いだろ?」
彼女はあいまいな返事しかできなかった。「まあ、俺もそう思うよ」と田上さんは苦笑いした。
「こんな娘がいたら絶対声かけちゃうなって思ってたんだよ。それが校倉涼子みたいな美人でね」
「そ、そうなんですか……」
良かったと言いたい気持ちはあるけど、言えない。だって私は自分の顔写真が使われることを望んでいないんだから。
それでも、自分のことを棚に上げて男を慰めてやる余裕くらいはあるのだけれど、問題はそこではない。
彼女の場合、雑誌のモデルになることがまず大問題なのだ。何故なら彼女はモデルになるために応募してきたのではないし、それ以前に応募したこと自体、誰にも話していなかったからだ。当然のことだが店にも秘密にし、内緒で働いていたわけである。それなのになぜ。
「ま、まさか誰かがチクったとか」
「んなことするヤツがいるかね。あんだけ口止めしといて」
だが、なぜかそれがバレてしまったのか。彼女がそう思案していると、田上さんが気をかけながら尋ねてきた。
「それより大丈夫か、君は?」。彼女は困惑した表情で答える。すると、田上さんが小さな声で近づきながら言った。「彼氏には知られたくないのではないか?」。
彼女は頷き、微笑みながら田上さんの肩に手を置いた。
「実は私、別にお付き合いしている相手がいるの」と言った。彼女の視線は、同性のパートナーであり幼馴染の田實ヒナ(18歳)に向けられていた。彼女は静かに席に戻り、いつもの無表情で彼女を見つめていた。
* * *
その夜、自宅へ帰る途中のことだった。
学校指定のバッグの中には先日買ってきたばかりの文庫本を一冊入れていた。ハードカバーに比べると分厚くはなく、鞄の中で開いていてもかさばることがない。
しかし、それを両手で胸元に抱えるようにして持ち歩くその姿は明らかに異様であり、すれ違う人々が皆怪しまんでもおかしくなかっただろう。
事実すれ違った数人のうちの何人かが彼女を振り返る気配を感じていた。
だが彼女は気にせず歩いていた。ただひたすら家に向かって足を動かしていた。早く帰りたかったからだ。一刻も早く家に辿り着きたいと思ったのだ。
ヒタヒタ。歩調を急ぐと足音も強まる。
「誰なの?」
振り返らずに誰何する。
反応はない。
「ヒナちゃんなの?」
返事はない。
「もー! やめてよ。通報するよ」
スマホを後ろに向けたままフラッシュを焚いた。
パシャ。
かき消すように気配と足音が止んだ。
「おかえり」
玄関のドアを開くと同時に背後から投げられたその声を聞いた途端、少女は大きく目を開き、その場に硬直してしまう。
「タツアキ」
何年も前に家出したはずの弟がいた。
「あんた、生きとったん?」
「それはこっちの台詞だよ。母さんからの直電があって急いで戻った」
「なにそれ? お母さん、連絡先知ってたんだ」
ミナは不信感を募らせた。
「だって姉ちゃん。俺のデビュー、猛反対してたじゃん」
「あっ」
ミナは暴言を思い出した。大成するまで帰るなと罵った。
「レギュラー貰ったんだ。たまたまロケでこっちに来てた」
「」
姐は二の句が継げない。
「遅かったんだね。何かあったんじゃないかって少し不安になってたよ」「あ……ごめんなさい……」
ミナがそう言うと、「いいけどね。とりあえず無事みたいだから安心した」
それだけ言って弟は奥の部屋へと向かうのだが、「ちょっと待って!」
その腕を掴んで弟女を引き止める。
「え……っと……これなんだけど……」
言い淀みながらもバッグの中から取り出したそれを目の前に差し出すミナを見て、「ああ」
タツアキは無愛想に応じる。
それから「やっぱり」
短く言ってため息を漏らした。
表紙に大きく書かれた『女子高生・グラビア誌』の文字と、その中の写真に写っている自分を認めて、困ったような表情を浮かべながら頭を抱えた。
もちろん彼がそんな顔をするのは予想の範囲内であり、だからこそ今まで黙っていたということもある。
けれどミナとしてはこのまま放置して置くことはできない。これはれっきとした契約違反だし……そもそも自分がモデルになったという事実すら彼に隠しておきたかったのだ。それは恥ずかしかったというよりも……知られて嫌だったのだ……彼にだけは知られたくなかったのだ。
だってそれはまるで、自分のことを意識して欲しかったと言っているようなものではないか。意識して欲しいからこそ知られたくない…… だから彼は駄目だ……彼は自分の存在など気にも留めていないのだから……
そう思いながらもミナは言葉を続けた。
お願いがあるの……
あの……このことは誰にも言わないで欲しいの……
約束してくれる? 真剣な眼差しで見つめられ、タツアキは一瞬戸惑うが……すぐに小さく笑って言った。
「でも、もうバレてるよ。載っちゃったし」
聞き終えぬ間にミナは駆け出した。
「もう、信じられない」
勝手口から裏庭へ向かう。フェンスをよじ登る。スカートの中を気にしてる場合じゃない。道路に降り立つとシャッター音が鳴った。
「もう!」
悪態をつき逃げる方向を見極めた。暗い裏路地か明るい表通りか。
リスクは五分五分だ。既に身バレしている。敢えて盗撮魔を惹くことにした。
夜道を走ると足音もついてくる。どこへ行く。店に戻るか。
しかしあの雑誌を持ってきたのは田上さんだ。グルかもしれない。
着信履歴の一番上をタップした。
『ヒナでーす♡』
留守電が出た。ミナは迷わず切った。
二つ目の信号を渡り最初の角を曲がる。明るいアーケードに出る。通行人はメイドドレスの女が疾走しても無関心だ。
「えっ?」
ミナは勇気を出してカーブミラーを見た。雑踏と店の賑わいが続いている。
強迫観念に追われているのか。思い切って振り返る。
パタパタという足音が聞こえた。
「誰か助けて―」
ミナは声を張り上げて商店街を突き進む。しかし一顧だにされない。
ただ足音と気配だけが追いすがる。
「何なのよ。もうー!」
無我夢中で走っていると派出所を見つけた。赤い電球が心強い。
「おまわりさんこいつです! えっ?」
無人の机にタブレット端末がぽつんとあった。
『ただ今パトロール中です。緊急の方はAIにお申し出ください』
そんなメッセージに失望しながらもミナは腰を下ろした。人の気配は消えている。
「どうされました?」
アニメの婦警に失望しつつも一部始終を話した。
「わかりました。もしかしてお探しの方はこの人ですか?」
AIは中年女性の手配書を映した。グラビアアイドル田上モエコ。大麻取締法違反で元同僚の田上エンドウともに広域手配されている。
「店長?!」
ミナは信じられなかった。薬物に手を出す人には見えなかった。
それにしても田上モエコってどこかで見覚えがある。
「お知り合いですか? 少しお話を伺えませんか? 署員が戻ります」
AIはミナに任意同行を求めた。ガラガラピシャ、と引き戸が閉まる。
「冗談じゃないわ」
大きく振りかぶってタブレット端末をガラスに投げつけた。
粉みじんを踏み砕いて派出所脇の小道に入る。
どよめきとサイレンが聞こえてきた。
バタバタとどぶ板を踏み鳴らして奥へ突き進む。
バタバタ。ワンテンポ遅れて板が鳴る。
道が狭くなってきた。ゴミ箱や段ボール箱が阻む。停まる度に足音も止む。
「何なのよ。もう」
肩で息をしていると「こっちよ」と導かれた。
「ヒナ?」
「違うわ。私はモエコ」
頭をあげると見覚えのある人物がいた。
「あんた!」
「ここにいる理由? 貴方を探しに来たの。翡翠タツアキを止めるために」
「翡翠タツアキを止めるために?」ミナは驚きの表情で田上モエコに問いかけた。
モエコは微笑みながら近づき、ミナの手を取る。「私はかつてタツアキのパートナーだったんだ。彼の野望や権力欲に溺れていくうちに、自分自身を見失ってしまったの。でも、今度こそ彼を止めなくてはいけないの。私たちが協力すれば、彼の暴走を食い止めることができるかもしれないのよ」とモエコは真剣なまなざしで語った。
ミナは戸惑いながらも、モエコの言葉に心を揺さぶられた。彼女は過去の自分と同じように、タツアキに利用されているのかもしれないという恐怖が心に広がる。
「でも、どうやって彼を止めることができるの? 私たち二人では力不足じゃない?」ミナは心配そうに尋ねた。
モエコは深く考え込んだ後、自信を持って言う。「タツアキは未来から来た存在で、彼はこの世界の歴史に介入している。もし私たちが過去の出来事を変えることができれば、彼の影響力を弱めることができるかもしれないの。それには私たちの力だけでは足りないけれど、仲間を集めて協力すれば可能性は広がるわ」
ミナは迷いながらも、モエコの提案に頷く。「わかったわ。私もタツアキを止めるために協力するわ。でも、どうやって仲間を集めるの?」
モエコは「まずは私たちの力を証明する必要があるわ。私たち自身が行動を起こし、タツアキが仕掛けたスキャンダルに立ち向かうのよ。それがきっかけで同じ目的を持つ人々が集まってくるかもしれないわ」
ミナはモエコの言葉に勇気づけられ、覚悟を決めた。「私たちでできることから始めましょう。タツアキの野望を打ち砕くために、私たちの戦いが始まるわ」
二人は手を取り合った。
「そこまでよ!」
突然ライトが輝いた。パタパタ音が耳を聾しミナのスカートが風に乱れる。
ドローンから人影が降りた。
「貴女!」
モエコが踵を返すとそこにヒナが立っていた。振り返るとミナの隣に男が。
「タツアキ? これはどういうことなの」、とモエコ。
ヒナ、あなたまで…」ミナが驚く。
タツアキは自信に満ちた笑みを浮かべながら迫る。
「姉ちゃんが田上を振ったからだよ。素直に家庭を築いていれば田實ヒナと組んで大成することもなかった。ところがヒナはソロでも大成功した。そして俺を裏切った。。モエコと私、実はグルなんだよ。お前たちを騙してターゲットにしていたんだ。お前が私の手の中にいることで、未来を操作しようと思ったんだ」とタツアキは冷酷な口調で語りました。
「なぜ? なぜ私たちを利用したの?」ミナは怒りと悲しみを込めた声で問い詰めました。
タツアキは嘲笑いながら答えました。「私はメディア王として君臨し次期大統領選に出馬した。そのためヒナの名声をを利用しようと考えたんだ。ところがヒナが協力を拒んだから、計画は変わったんだよ」
モエコもニヤリと笑いながら付け加えました。「代わりに私がタツアキと手を組んだ。写真を流したのは私。エンドウを強請るのは簡単だった。そしてお前の信用を傷つけようとしたんだ。だけど、お前が逃げ出したから、新しい計画を立てたんだ」
ミナは言葉に詰まり、絶望の底に沈む。彼女は信じた人々に裏切られ、翻弄されていた。
しかし、ヒナは立ち上がり、タツアキとモエコに向けて目を炯く光らせる。「私もまた利用されたかもしれないけど、私はミナを信じる。私たちは彼を止めるんだ。タツアキ、モエコ、お前たちの野望を打ち砕くために、私たちの力を合わせて立ち向かうんだ」
ミナはヒナの言葉に勇気づけられ、決意を取り戻した。「そうだ、私たちは絶対に負けない。タツアキの野望を打ち砕き、真実の力を取り戻すのよ」
ミナとヒナは固い握手を交わしタツアキに立ち向かう覚悟を決めた。
「警察を呼ぶわ。大麻をエンドウに渡したのは私。コンセプトカフェで未成年を働かせていた罪と大麻所持の罪。好きな方を選ばせたの。私はいつでも未来へ逃げられる」
するとヒナがドローンを見上げた。
「あんたの脱獄プランは奪った。鍵は私が持ってる」
フッとモエコは笑った。
「そんな玩具。私ほどの女なら幾らでも買えるの」
指を鳴らすと夜のしじまを縫ってもう一機が現れた。
「乗って」
ヒナはミナの手を取り舞い上がる。そしてドローンに乗り込んだ。
彼らの壮絶な闘いが始まり、未来を賭けた戦いが繰り広げられる。
そして、彼女たちの闘いが始まると同時に、運命の歯車が回り始める。
くんずほぐれつの空中戦が夜空を焦がしモエコが文字通り星となった。
「タツアキは死んだわ」
うなだれるミナをヒナは励ます。
「悪いタツアキは、ね」
「えっ?」
ミナが涙を振り払う。遠くで姉を探す声がする。
「世界線が大きく変わったの。モエコの穴を誰かが埋めなきゃいけない」
ヒナは時間旅行の秘密厳守を誓わせた。まだ発明されてない技術だ。
「わかった。誰にも言わない。絶対に秘密にする。だから君も内緒にしておいてくれよ?……うん! ありがとう……!! 安堵感に包まれ、心の底から嬉しそうに応えるミナの姿を見ながら、彼は思った。こんなふうに喜んでくれるんなら、モデルになる事だって、言ってくれれば良かったのにと。しかし、彼は黙って微笑むだけで、その気持ちを口に出すことはなかった。
そして、それがこの小説のオチである。田上モエコ、別名、翡翠ミナのモデル生活は、二人の秘密として、このまま誰にも知られることなく続いていくのだった。彼らの間に広がった新たな絆は、いつの日か二人の関係を深め、心を一つにするかもしれない。でもそれは、また別の物語の始まりであり、この物語の終わりだ。
そしてこうして、翡翠ミナの秘密の一部は田實ヒナだけが知る、特別な思い出となったのだ。それは彼女が胸に秘めていた感情を静かに受け入れ、彼らの間に新たな絆を生んだ。一方、彼女のモデルとしての活動は秘密のまま続き、それが二人の間で共有された秘密となった。
そして田上モエコという名のモデルは、彼女自身がそれを認めた時、彼女の心に新たな輝きをもたらした。だから、彼女はそれを誰にも言わない。それは彼女自身の大切な秘密であり、それを守ることで彼女は自分自身を守っていた。
これが、本当のミナの物語である。そしてこの物語は、彼女の心の中にずっと続いていく。たとえその時がいつ来るか分からなくても、彼女はそれを待ち続ける。それが彼女の、田上モエコとしての生き方であり、翡翠ミナとしての生き方でもあったのだ。
そして、彼女がその秘密をどう扱うのか、それは彼女自身だけが知ることだ。それは彼女の人生の一部であり、彼女自身がそれをどう生きるかを選ぶことができる。それが、この物語の真実であり、それが彼女の人生の真実でもある。
そしてこうして、物語は幕を閉じる。しかし、彼女の物語はまだ終わっていない。なぜなら、彼女の人生はまだこれからだからだ。その先に何が待っているのか、それは彼女自身しか知らない。しかし、それがどんな未来であれ、彼女はそれを自分自身の力で描いていく。それが、本当のミナの物語である。そして、それが彼女の生きる道である。もう追いかけられることはない。今度は自分が生き方を追うのだ。
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