新しい扉

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本当のところは、少し目眩がする。 今日という日を道しるべに生きてきた私にとって、ゆうべぐっすり眠ることなんて不可能だった。でも社会人になったからには"寝不足です"なんて通用しない。 それから、このスタジオに向かう時に渋滞に巻き込まれたせいで、お昼ご飯を食べ損ねた。ご飯なんて今喉を通らないだろうからどうでもいいんだけど、困ったことが一つ。貧血の薬を飲むタイミングを完全に逃した。とりあえず本番が始まって裏方が落ち着くタイミングでサッと飲もう。頑張れよ、私の血圧。 「あと10分で本番でーす!」 廊下からADさんの声がする。楽屋の空気も引き締まる。談笑していたアーティストのヘアメイクも完了し、マイクの確認をしながらスタジオへ向かう。その背中は、プロの集まり。貧血なんて忘れるくらい、先輩の指示に従いながら私はその光景を目に焼き付けた。10年間、私の生きる光となってくれた彼の背中を。 ※※※ 眠れなかった昨夜。 何度も何度も寝返りをうち、気持ちを落ち着けようと彼らのバラード曲を聴いては、逆効果で心拍数が上がる。そんな茶番を一人で繰り返し、いつの間にか紫とオレンジのグラデーションに空が明るくなってきた頃、限界を迎えて寝落ちした。 やっと眠った私は、10年前の夢を見た。 辛さとトキメキと、現実と希望がいっぺんにやってきた幼い頃の夢を……。
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