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「え、ピアノの音?」
しかも、上手だ。これはきっと、大人だな。小児科病棟の子どもたちのために誰かピアニストさんでも来てくれているんだろうか?その美しい音色に引き寄せられ、気付けば久しぶりに一人で病室から歩き出していた。ナースステーションの隣の、共有スペースにあるピアノ。私は入院ベテランだからよく知っているけど、普段はクリスマス会の時くらいしか使われない。いったい、どんな素敵な人が弾いてるんだろう?
「え、すごい、子ども……」
美しい音色を奏でているのは、私と同じくらいの年の男の子だった。夢中にピアノを弾くその姿は、まるで"鍵盤と仲良く遊んでいる"ようだった。私に見られていることにも気付かずに、集中して音を奏でている。あまりに楽しそうなその背中に、ピアノが"お友達"なんだろうな、と思った。
「ピアノ、上手なのね」
弾き終わると同時に私に話しかけられ、驚いて振り向く彼。
「うん、1年生から習ってるんだ」
そう答えて、ニコッとしてくれた彼。きっと、なんでも器用にこなすタイプなんだろうな。入院生活にも卑屈になり始め、狭い世界しか知らない私にはその笑顔が眩しくてしょうがなかった。
「私も、友達になりたい」
自分でもビックリする言葉が、気付いた時には二人のあいだに飛び出していた。ハッと自分の口を塞いだけれど、もう遅い。
「えっと……」
しっかりその言葉が届いた彼は、ピアノと私を交互に見て少し考え込んでいる。
「あ、ちがうの!ピアノじゃなくて、あなたと」
あぁ!という顔をした彼は、椅子から立ち上がろうとして少し痛がった。その瞬間、私の胸も少し痛んだ。そうか、ケガしてるんだ。うっかり友達になりたいなんて言っちゃったけど、彼はケガさえ治ればすぐにココからいなくなる。私とは、違う。そう思って立ち去ろうとしたけれど、彼の言葉が引き止めた。
「お話したから、僕たちもう友達だよ?」
彼も勢いで言ってしまったらしく、自分から飛び出した言葉に耳まで赤くしている。
「そうね、ありがとう」
そう言ってはにかみあって、私たちはそれぞれの病室へと戻った。
私は、この瞬間を忘れたくないと思った。すぐに、ピアノを弾く彼の後ろ姿を新しいキャンバスに描いた。こんなに明るい色彩ばかり使った絵は、いつぶりだろう。何度も何度も、夢中になって色を重ねた。彼の眩しさを表現するのは、思ったより難しくて完成までには時間がかかった。それでも、その過程さえ幸せだった。
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