だれかの幸せ

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病室へ戻ると、ちょうどお母さんと検温の看護士さんが来ていた。二人が同時に、いつもと違う明るい表情でコチラを振り返る。 「李音(りの)ちゃん、この絵素敵よ!!」 二人の興奮ぎみの様子に、私は驚いた。お母さんなんて泣きそうになりながら笑っている。看護士さんも、キラキラした瞳で私の描きたての鮮やかなキャンバスを見つめている。 そうか、いつもと違うのはこの二人じゃない。私が、彼と出会って一瞬で変わったのか。彼の絵を描くためにたくさん使った絵の具は、そういえば全然減っていないチューブばかりだった気がする。入院中でもできるからと、小さい頃から描いていた絵。絵を描くことは楽しくて大好きだったから、自分では気付けなかった。今まで、私の描いたキャンバスがこんなに明るいことなんて、なかったんだ。 「お母さん、私ちゃんと薬飲む」 「うん」 「走り回れなくても、お散歩くらい行きたい」 「うん、うん……頑張ろうね?」 「うん!!」 まだ10年しか生きていないけれど、そのあいだ絶え間なく私に"頑張ろう"と言い続けてくれたお母さんに、久しぶりに素直に返事ができた。 「お母さん、いつも心配させてごめんね」 私より泣き虫になってしまったお母さんを、私と看護士さんで抱きしめた。 この見慣れた白い部屋から、少しでも早く外に出たいと、こんなに願う日がくるとは思わなかった。そしてそれが、こんなにお母さんを安心させることになるとも知らなかった。 彼の名前を、聞き忘れたことに今さら気付く。でも恥ずかしくて、看護士さんにも聞けないまま日々は過ぎ去った。 大丈夫。私には、彼のピアノの音色と楽しそうな背中の記憶がある。
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