第一話 すまじきものは宮仕え

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朱雀大路の一番北に位置する宮城(きゆうじよう)・大内裏は様々な(かん)()と、帝が()す内裏、(によ)(にん)が多く暮らす殿(でん)(しや)などが集まる。  そんな大内裏は東の門・(よう)(めい)(もん)にて、(この)()(しよう)(ふじ)(わら)(とう)()()(くび)をした。 (何も起きないのはけっこうなことだが、こうも(ひま)だと……)  大内裏と帝を(けい)()する近衛の将が欠伸とはと(しつ)(せき)されかねないが、それを(とが)める者は冬馬の側には今はいない。ゆえに(えん)(りよ)なく口を開けたのだが、暇なのは確かだ。 「(ちゆう)(じよう)(みやこ)でまた()(がい)が転がっていたそうですよ」  そう冬馬に言ってきたのは、冬馬とともに陽明門を警護していた(この)()(しよう)(しよう)である。 「いつから都は、(ふう)(そう)()になったんだ?」  肩を(すく)め、(たん)(そく)した冬真である。  人は亡くなればその()(がい)(あだし)()に置かれる。貴族や皇族は(はか)をもてるが、民の多くは地に置かれ、()(にく)は鳥と(けもの)によって処理されるのが普通だ。 「違いますよ。何者に襲われて()われたらしいです」 「喰われた?」  冬馬は(どう)(もく)した。  少将の話によると、報せを受けた()()()使()が駆けつけてみると、(つじ)に転がっていたそれは(さん)(たん)たるものだったらしい。  おかげでその検非違使は、(もの)()(ちゆう)だという。  物忌みとは、一定期間飲食や行動を(つつし)み、不浄(ふじょう)を避けることをいう。特に、貴族は穢れを徹底的に嫌う。 「ゆえに()()()使()(ちよう)は、人手がなくて困っているそうです」 「どおりで、衛府(うち)の人間が(みやこ)(けい)()に駆り出される(はず)だ……」  冬馬は半眼で、ため息をついた。  この王都では、死は(けが)れとされる。それは人々が人間としての情に欠けていたからではなく、それほどまでに、「穢れた」状態になることが恐れられていたからだ。  ゆえに人による直接の殺人は起きないが、喰われるというのはいただけない話だ。  ()(けん)()(わざ)ならまだしも、これが(あやかし)(たぐ)いとなると――。 (あいつの出番か……)  視線を(そら)に運んだ冬馬は、一人の人物をその(のう)()に描く。  星と(とき)(こよみ)(つかさど)り、(きつ)(きよう)(うらな)(おん)(みよう)(りよう)――、そこに属する()(たい)の陰陽師・安倍晴明。  ()()(あいだ)(がら)となってかれこれ数年たつが、性格はお()()にもいいとはいえない。 「ここだけの話ですが、(ふじ)(つぼ)(ゆう)()(※幽霊)が出たとか……」  ますます、いただけない話である。  藤壺は、正式名を飛香舎(ひぎようしや)という。  七年前、飛香舎の(あるじ)・藤壺の(によう)()(みかど)の子を里にて出産、しかし当時に王都を襲った(えき)(びよう)にて亡くなり、(おとこ)(みや)は彼女に(ない)()として仕えていた女房が乳母(めのと)となって育てたという。 「だがあそこは、主は不在のままだと聞いたぞ?」  無人の飛香舎となった理由は、藤壺の女御に続いてその皇子も七歳で亡くなり、死人を二人も出したためだ。  しかも幽鬼が()(ろつ)き始めたとなると、ますますかの殿(でん)(しや)の主になろうという女人は現れないだろう。 (晴明も、大変だな……)  幽鬼を(はら)えと言われるであろうと彼に、冬真は同情する。  もともと人付き合いが苦手らしい晴明は、今頃その眉間に(しわ)を刻んでいることだろう。  冬馬はそんな姿を想像して、ふっと笑った。
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