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朱雀大路の一番北に位置する宮城・大内裏は様々な官衙と、帝が座す内裏、女人が多く暮らす殿舎などが集まる。
そんな大内裏は東の門・陽明門にて、近衛の将・藤原冬馬は欠伸をした。
(何も起きないのはけっこうなことだが、こうも暇だと……)
大内裏と帝を警護する近衛の将が欠伸とはと叱責されかねないが、それを咎める者は冬馬の側には今はいない。ゆえに遠慮なく口を開けたのだが、暇なのは確かだ。
「中将、都でまた死骸が転がっていたそうですよ」
そう冬馬に言ってきたのは、冬馬とともに陽明門を警護していた近衛少将である。
「いつから都は、風葬地になったんだ?」
肩を竦め、嘆息した冬真である。
人は亡くなればその遺骸は化野に置かれる。貴族や皇族は墓をもてるが、民の多くは地に置かれ、屍肉は鳥と獣によって処理されるのが普通だ。
「違いますよ。何者に襲われて喰われたらしいです」
「喰われた?」
冬馬は瞠目した。
少将の話によると、報せを受けた検非違使が駆けつけてみると、辻に転がっていたそれは惨憺たるものだったらしい。
おかげでその検非違使は、物忌み中だという。
物忌みとは、一定期間飲食や行動を慎み、不浄を避けることをいう。特に、貴族は穢れを徹底的に嫌う。
「ゆえに検非違使庁は、人手がなくて困っているそうです」
「どおりで、衛府の人間が都警備に駆り出される筈だ……」
冬馬は半眼で、ため息をついた。
この王都では、死は穢れとされる。それは人々が人間としての情に欠けていたからではなく、それほどまでに、「穢れた」状態になることが恐れられていたからだ。
ゆえに人による直接の殺人は起きないが、喰われるというのはいただけない話だ。
野犬の仕業ならまだしも、これが妖の類いとなると――。
(あいつの出番か……)
視線を昊に運んだ冬馬は、一人の人物をその脳裏に描く。
星と時、暦を司り、吉凶を占う陰陽寮――、そこに属する希代の陰陽師・安倍晴明。
知己の間柄となってかれこれ数年たつが、性格はお世辞にもいいとはいえない。
「ここだけの話ですが、藤壺に幽鬼(※幽霊)が出たとか……」
ますます、いただけない話である。
藤壺は、正式名を飛香舎という。
七年前、飛香舎の主・藤壺の女御が帝の子を里にて出産、しかし当時に王都を襲った疫病にて亡くなり、男宮は彼女に内侍として仕えていた女房が乳母となって育てたという。
「だがあそこは、主は不在のままだと聞いたぞ?」
無人の飛香舎となった理由は、藤壺の女御に続いてその皇子も七歳で亡くなり、死人を二人も出したためだ。
しかも幽鬼が彷徨き始めたとなると、ますますかの殿舎の主になろうという女人は現れないだろう。
(晴明も、大変だな……)
幽鬼を祓えと言われるであろうと彼に、冬真は同情する。
もともと人付き合いが苦手らしい晴明は、今頃その眉間に皺を刻んでいることだろう。
冬馬はそんな姿を想像して、ふっと笑った。
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