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藤壺は後宮にある殿舎の一つ、飛香舎の別名である。
七年前――、今上帝の第一皇子が病にて亡くなったという。これにより、弟宮である第二皇子が東宮宣下を受けた。
問題は亡くなった第一皇子の生母が弘徽殿の中宮でなく藤壺の女御であり、彼女もまた病で没し、皇子が亡くなったことで呪詛だったのではないかとされたためだ。
呪詛をしたのは、孫を次期帝に据えたい頼房ではないか――、第一皇子の乳母であり、藤壺に仕えていた内侍(※女官の位)がそう叫んでいたという。
本当のところはどうだったのか――、口にしないまでも、現在もそう噂が残っているらしい。頼房としては、自ら疑いを晴らすために動けば「やはりそうだったのか」と思われたくなかったようだ。
――だから、私か。
冬真の話を聞いていて、晴明は納得した。
いつもは帝を誑かしているだの、異能で権力を得ようとしているだの言ってくる彼が、なにゆえ今回だけは調べろと言ってきたのか、晴明なら他の廷臣たちに怪しまれずに始末してくれるだろうと踏んだようだ。
晴明は帝を誑かしてはいないし、権力を得ようとも思わない。
もともと地下という昇殿(※内裏に上がれる立場)できる身分ではなかったのだ。晴明としてはそのままでも良かったのだが、功績を認められ、あれよというまに従四位までになった。位を返せというのなら、いつでも返すつもりの晴明である。
山雨来たらんと欲して風桜に満つ――。
何かが起こる前は、前兆が現れるというその詩の如く、王都で怪異が起き、内裏に幽鬼が彷徨う。はたらしてどちらが先だったのかは不明だが。
(夏越しの祓えが近いというに……)
夏越しの祓えとは、罪や穢れを除き去る朝廷での行事である。
「いつも思うが――」
冬真が笑みを浮かべる。
「なんだ?」
「陰陽師とは大変だなと思ってな」
「思っていたら、仕事の邪魔はせんと思うが?」
半眼で言い返した晴明に、冬真は「邪魔をしたつもりはないんだが」と答える。
冬真がやって来たとき、晴明は貴族たちから依頼された霊符を片付けようと筆をとった所だったのである。帰れと言っても冬真は終わるまで待つといい、背後で待たれてもである。これのどこが、邪魔をしたことにならないのか。
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