2人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
貴船から王都に向かう道を、牛車が進んでいた。
昨夜に降った雨のせいで道は泥濘み、乗っている人間のほうも楽ではなかった。
湿気と蒸し暑さ、贅をこらした直衣を纏っているせいで暑いこの上ない。開いた蝙蝠扇で扇ぐも、一向に涼しくはならない。
「まったく、まだ邸に着かぬのか……!?」
イライラをぶちまける男に、牛飼い童が申し訳なさげに伝えてくる。
「車輪が泥濘みにはまった様子……、しばらくお待ちを」
「早く致せ!」
憤然と座り直した男の前に、それはいた。
「なにゆえ、こんなモノが……」
それはシュルシュルと床を這い、男の前で鎌首をもたげた。
なにゆえ――。
男は虚しく昊を見上げていた。
さっきまで、己が乗っていた牛車の音が遠ざかっていく。
ああ、なにゆえわたしはここにいるのか。
なにゆえ、誰も聞こえぬのか。
なにゆえ――。
最初のコメントを投稿しよう!