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風の乗るその声に、木の枝にいた彼女は胡乱に眉を寄せた。
声の主はいったい誰なのか。
そんな彼女の前に、ふっと神気がひとつ降りた。
『珍しいこともあるものね? 青龍。あなたが降りてくるなんて』
その男は素肌に肩当てをつけ、腕に領巾を絡ませた姿で顕現した。
『あの声、お前にも聞こえていただろう。太陰』
『人が蛟に喰われたって言っていたわね。でも変だわ。妖が出たのなら、晴明が私たちに何かしら言ってくる筈だもの』
二人は、晴明が使役する式神であった。
しかし、青龍の晴明に対する反応は厳しい。
『あの阿呆に肩入れするのは結構なことだが、奴は冥がりに半分染まった男だ。いつなんどき陥ちるか知れぬ』
晴明は人間と妖の両方の血を引く半妖――。
そのことは当初からわかっていた筈である。
納得の上で、式神となった。
『相変わらず、晴明には厳しいわね。でも青龍、彼は私たち十二天将の主よ』
青龍は青い髪に青い双眸をしているが、太陰は赤い髪に朱色の双眸をもつ。腰まで緩く波打って流れる髪を掻き上げて、太陰は青龍を見据えた。
『奴が冥がりに陥ちぬと? まぁいい。その時は主たる器なしとみるまで』
言いたいことをいって隠形する青龍に呆れ、太陰は溜息をついた。
十二天将は神――、普通なら異界にいて人界に降りることも人間に力を貸すこともない。
数年前――安倍晴明が、彼ら一人一人を訪ねにやって来る前までは。
太陰は、再び視線を前に戻した。
もうあの声は、聞こえては来なかった。
あれは、誰が誰に対しての声だったのか。
聞け。聞け。
我が声を聞け。
お前になら聞こえるはずだ。
さぁ、答えよ。
なにゆえなのか、そのわけを。
太陰は神力を尽くして探ってみたが、その声の主は見つけることはできなかった。
もし本当に人が喰われたのなら、じっとしてはいられないのだが。
声も聞こえなくなった今ではどうしようもなく、太陰は一人、風に吹かれていた。
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