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「あまり――、いい話ではないな……」
話を聞いていた晴明は、瞑目した。
蛙の化生に寄れば、一月前までは蛟など見かけなかったらしい。縄張りに侵入され、人を食い始めた蛟を何とか退治してくれという依頼に、晴明は思い煩う。
そもそも、依頼してきたのは化生だ。
人間に依頼される事があっても、人以外のモノから依頼されることはなかった。
まだ朝方だというのに、清々しい気分を台無しにされて、晴明は渋面で朱雀門を潜った。
陰陽寮に出仕してきた晴明の顔に、彼の師匠・賀茂忠行は怪訝な表情を浮かべる。
出会った頃は若かったその顔は今や深い皺が刻まれ、頭髪と顎髭はすっかり白く染まっている。この数十年、実父の益材より師といるほうが長い晴明は、忠行には欽慕の念を抱いている。冥がりに沈まずにいられるのは、忠行のお陰かも知れない。
半妖であるがゆえに、人の世で生きづらくなっていた少年時代。人の目と言葉から逃げ、冥がりに逃げ込んだとき――、晴明は見た。
化生となったもう一人の自分を――。
冥がりに近い自分は、最期はどうなるのだろう。
人として今生を終えればいいが、人に祟るモノとなれば骨にもならない。砂のように散り、消滅するのみ。そうなれば、華も咲かない。
亡くなった時ここにいるのだと、導いてくれる死人花。またの名を〝弔い花〟という。
晴明に依頼してきた、蛙の化生も思ったという。
自分が死んだら、華は咲くのかと。ここに骨があるのだと報せてくれるのかと。
「えらく難しそうな顔じゃのう? 晴明」
苦笑する師に、晴明は自身の首の後ろを撫でた。
「門の前で蛙と立ち話をしまして……」
「蛙?」
目を瞬かせる忠行に、晴明も苦笑した。
妖が人を襲っているのなら、すぐに対処すべきだが、他にやることは山積している。
だが忠行から聞かされる話の内容も、また難題であった。
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