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――今日は厄日か……?
蛙の化生に妙な依頼をされ、師には内裏に幽鬼が出たといわれ、今度はそれを祓えと関白に言われる。
「できぬと申すか? 安倍晴明」
いつもなら都に幽鬼が出ても「くだらぬ」と一笑に付す男の指示に、内裏に参内した晴明は嘆きたい気分である。
「……と、言われましても」
今すぐにでもやれと言いたいのか、頼房の目は苛烈だ。
幽鬼とて、理由があって彷徨っているのだろう。人に祟る怨霊ならともかく、内裏に出た幽鬼はいまのところ害はないという師の話であった。
関白・藤原頼房――、藤原一門を率いる朝廷の最高権力者。
深紫の地に、丁子唐草文様を浮き彫りにした袍を纏い、既に還暦を過ぎた男は今もその力を誇示し続けている。
今や大内裏は藤原の天下、深くは内裏の奥・弘徽殿に暮らす中宮(※帝の正妻)は彼の一姫。東宮の母にして国母である。次期帝の外祖父となった頼房と、対立しようとする貴族は恐らくはいないだろう。
顔を合わせれば嫌味を言われ、晴明としてはなるべくなら顔を合わせたくはない人物である。なのにだ。
睥睨してくる頼房に、晴明はやれやれと嘆じた。
言うは易く行うは難し――。
陰陽師は他にもいるのだ。わさわざ帝の御前に召してまで、言わなくてもいいだろうに。
晴明の心中など知らぬ頼房は、憤然した表情である。
「頼房、晴明の意見を聞いてはどうか?」
口を開いたのは、御簾奥に座していた今上帝である。
「主上」
「幽鬼が誰なのか、それを確かめてからでもよいと思うが?」
さすがに帝に言われては反論できぬのか、頼房は口をつぐんだ。
結局、幽鬼が何者か占うようにとの帝からの指示となった。
どちらにしろ、引き受けることになった晴明は、清涼殿を辞した。
その庭で、蛙が跳ねた。
(しつこい奴だな……)
おそらくあの、化生だろう。
簀子縁に足を運びかけた晴明は、あるものを見つけ愕然とした。
青い一輪の華が、揺れていたからだ。
「……っ」
だがそれは、庭を駆け抜けた風に掻き消され、いつもの見慣れた景色に戻ったが。
日頃の仕事による疲労が見せた幻だったのか、それとも何かの報せか、華の色だけがしっかりと脳裏に焼きついて、晴明は胡乱に眉を寄せた。
それから間もなく――、せっかく顔を出した日輪は再び雲に隠れ、王都に雨が降り始めた。長雨の時季ではあったが、心の中まで暗くされるようで、晴明は雨は好きではなかった。
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