第一話 すまじきものは宮仕え

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 ――今日は(やく)()か……?  蛙の化生に妙な依頼をされ、師には内裏に幽鬼が出たといわれ、今度はそれを祓えと(かん)(ぱく)に言われる。 「できぬと申すか? 安倍晴明」  いつもなら都に幽鬼が出ても「くだらぬ」と(いつ)(しよう)()す男の指示に、内裏に(さん)(だい)した晴明は嘆きたい気分である。 「……と、言われましても」  今すぐにでもやれと言いたいのか、頼房の目は苛烈(かれつ)だ。  幽鬼とて、理由(わけ)があって(さま)()っているのだろう。人に(たた)(おん)(りよう)ならともかく、内裏に出た幽鬼はいまのところ害はないという師の話であった。  関白・(ふじ)()(らより)(ふさ)――、藤原一門を率いる朝廷の最高権力者。  (ふか)(むらさき)()に、(ちよう)()(から)(くさ)(もん)(よう)を浮き彫りにした(ほう)(まと)い、既に(かん)(れき)を過ぎた男は今もその力を誇示し続けている。  今や大内裏は藤原の天下、深くは内裏の奥・()()殿(でん)に暮らす(ちゆう)(ぐう)(※帝の正妻)は彼の(いち)(ひめ)。東宮の母にして(こく)()である。次期帝の(がい)()()となった頼房と、対立しようとする貴族は恐らくはいないだろう。  顔を合わせれば嫌味を言われ、晴明としてはなるべくなら顔を合わせたくはない人物である。なのにだ。  (へい)(げい)してくる頼房に、晴明はやれやれと(たん)じた。  ()うは(やす)(おこな)うは(かた)し――。  陰陽師は他にもいるのだ。わさわざ帝の(おん)(まえ)に召してまで、言わなくてもいいだろうに。  晴明の(しん)(ちゆう)など知らぬ頼房は、(ふん)(ぜん)した表情である。 「頼房、晴明の意見を聞いてはどうか?」  口を開いたのは、御簾奥に座していた今上帝(きんじようてい)である。 「主上(おかみ)」 「幽鬼が誰なのか、それを確かめてからでもよいと思うが?」  さすがに帝に言われては反論できぬのか、頼房は口をつぐんだ。  結局、幽鬼が何者か占うようにとの帝からの指示となった。  どちらにしろ、引き受けることになった晴明は、(せい)(りよう)殿(でん)()した。  その庭で、蛙が跳ねた。 (しつこい奴だな……)  おそらくあの、化生だろう。  (すの)()(えん)に足を運びかけた晴明は、あるものを見つけ(がく)(ぜん)とした。  青い一輪の華が、揺れていたからだ。 「……っ」  だがそれは、庭を駆け抜けた風に掻き消され、いつもの見慣れた景色に戻ったが。  日頃の仕事による疲労が見せた幻だったのか、それとも何かの報せか、華の色だけがしっかりと脳裏に焼きついて、晴明は()(ろん)に眉を寄せた。    それから間もなく――、せっかく顔を出した日輪は再び雲に隠れ、王都に雨が降り始めた。(なが)(あめ)()()ではあったが、心の中まで暗くされるようで、晴明は雨は好きではなかった。
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