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 多岐絵の身の上に起きた事を光樹が知ったのは、退院するというその日であった。久紀が迎えに行った時、会いにくると言っていた多岐絵が顔を見せない事を心配した光樹に問い詰められ、根負けした久紀が仕方無く打ち明けたのだ。 「あんなガキ共、殺してやればよかった!! 」  開口一番そう絶叫し、光樹は久紀にしがみつくようにして泣き続けたという……。  実に半月ぶりの『SEGRETO』で、いつものバーボンを苦々しい顔で煽る久紀の横で、逸彦は一向に空にならぬスコッチのグラスを揺らしていた。  いつもなら、あの二人の天使が笑いながら入ってくるのだろうが、今は男2人、完全に暗闇の中にいた。 「現場で何があったかは多岐絵から聞いたけど、光樹はあの後、大丈夫だったのか? 」  久紀はじっとグラスを睨み、唇を引き結んだままである。  その顔を見れば、長い付き合いだけに、その苦悩が如何ばかりか手に取るように伝わってくる。大丈夫だった、か……ではない、今も、大丈夫ではないのだ。それ程、光樹は傷を受けたに違いない。あの太陽のような笑顔を失い、久紀はどれ程の怒りを腹の中で醸成させたことだろう。 「よく、殺さずに送致したよ、久紀」  冗談のつもりはない。自分とて、ほんの些細なきっかけで弾けてしまったかもしれない。殺さずに、刑事として送致し、罪を明らかにすることを選ぶことが、今回ほど不条理に感じられたことはない。 「おまえもな。今から拘置所に殺しに行くとか言うなよ。付き合うけど」 「言わねぇよ。1課長、本気で俺のことヤバイと思ったのかな、見越したように内勤になった」 「え、じゃあ、逸彦おまえ……」 「昨日付けで刑事総務課だ。法令指導第二係の係長、資料集めと調査。昔の事件で知りたいことあれば、なんでも聞けよ」 「マジかよ……それでいいのか」  何でお前が泣きそうな顔をするんだと、逸彦は黙って久紀の肩を掴んだ。 「くっそ……」 「泣くなよ、久紀」 「泣いてねぇよ、馬鹿野郎」  マスターが、心配そうに水を差し出し、二人の前からボトルを下げた。 「今日は、進まないようですね。返り血を浴びましたか、大分」  実は元警視庁警務部の人事第二課長だったこのマスターは、今度の事件があまり良い幕引きではなかった事を、二人の顔から察していた。人事第二課といえば、主に警部補階級の配置や退職に関わる部署である。人を見て、人の特性を見抜くのは朝飯前なのだ。定年を待たずに退官し、バーのマスターをしていても、情報は自ずと入ってくるものだった。  今回の事件が思わぬ方向に波及し、若い二人の警部の想い人を傷つける結果となってしまった事も、マスターの耳には届いていたのである。 「オヤジの寝言だと思って聞いてください……止まない雨もなければ、明けない夜もない。若い人風に言うとベタと言うのでしょうが、でも、その通りです」 「止まない雨もなければ……」 「明けない夜も、ない、か」  マスターの言葉を、二人は何度も反芻するのだった。  
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