4.まだ見ぬ被害者

1/1
前へ
/16ページ
次へ

4.まだ見ぬ被害者

 山田の部屋から押収された蒐集品の中から、どうしても持ち主の見つからない証拠品が出てきた。小さなブローチで、ガラス玉かと思いきや、飾りについていたのはサファイアであった。これは相当の金持ちの娘か、金持ちの彼氏がいるか、だが、山田の周辺から、こんな装飾品を持つような女性の存在は出てきていない。  付着していたDNAは山田のもので、他の指紋等は丁寧に拭き取った形跡があった。此の期に及んで隠し事か、と取り調べで優しく締め上げても、山田はそのブローチは拾ったとの一点張りであった。 「どこで拾ったの、随分高いブローチだけど」  逸彦はじっと山田の目の動きを見ていた。ブローチを見た途端、明らかに山田は怖がるような怯えた目をした。 「聞き方変えるよ。あんたが管理を担当して、オートロックを自由に開けられる管理用の鍵を使える物件で、今回被害者が報告されていない建物と言えば……高輪大学の陸上部の寮、東條医科歯科大学の学生寮、柳沢短期大学の学生寮か……」 「へぇ、よく調べてありますね」 「もっと言うと、高輪と柳沢は野郎の部屋しかないよね」  山田の顔が青ざめた。ビンゴだ。 「東條か……何件叩いた? それとも、間違えて殺しちゃったとか? 」  ひぃぃ、と悲鳴をあげて、山田はパイプ椅子から転がり落ち、灰色の机の下に潜って体を丸めてしまった。 「おいおい……」  逸彦は立ち上がり、記録係ともう一人の若い刑事に山田を任せ、特捜本部が置かれているこの世田谷警察署の大部屋へと階段を駆け下りた。 「管理官、成城南署に連絡して、管内の東條医科歯科大学女子寮の名簿、特に所在不明の学生がいないか、すぐ調べさせてください。俺もすぐ現場に行きます! 稲田さん、菅八つぁん! 」  捜査員の中から、二人が咆哮を上げて逸彦についてきた。  3人が駆け出そうとした時、特捜に一本の電話が入った。四谷署の組対、課長の霧生久紀からであった。 「待って深海、霧生よ」 「んだよ、こんな時に」  福島管理官に呼び止められて受話器を受け取った逸彦の目が、見る間に驚愕に見開かれていった。 「野上会会長の孫娘が、東條医科歯科大学って……」 「蜂の巣突いたみたいに会長宅がここのところ慌ただしくてな、調べたら、孫娘と一週間ほど連絡が取れないってことだった。お前んとこの事件、確か女子寮叩きだと思ってまさかとは思ったんだが……名は加藤百合香、20歳」 「大至急確認する。野上会にはまだ何も言うなよ」 「当たり前だ……頼むぞ」  逸彦は電話を切り、同時に刑事達の持つタブレットに送られてきた野上百合香の顔写真を福島管理官に突きつけた。 「山田にぶつけますよ」 「いいわ、やって」  逸彦は再び取り調べ室に駆け込み、机の下で蹲ったままの山田の襟首をつかんで引きずり出し、百合香の写真を見せた。 「この子か」  一瞬悲鳴をあげそうに引きつった顔をして山田だが、再度タブレットに目を近付けて凝視すると、ゆっくりと首を振った。 「この子じゃない」 「あ? 今更一件隠したところでどうしようもねぇぞ、ゲロしろ」 「これ、本当に加藤百合香?」 「ああ? トボケんな」 「だって……僕が忍び込んだ時、いたのはいかにもギャルで、露出のすんごい服着てて……いや、僕のタイプはこっちなんですよ、そう思って忍び込んだんだ。だから驚いて……あんな、ホストに貢いでそうないかにもバカ女って感じに変わってるなんて。まあ、女は化粧でいくらでも変わるし、裏の顔なんだろ。あの女、ヤろうよとかなんとか言って、自分で股開いたんですよ。益々好みじゃない。そしたら女があのブローチを握っていたから、記念にもらったんだ」  こういう手合いは、好みに関しては一貫していることが多い。こだわりが強く、一連の事件にしても、周到に被害者の外見や性格をリサーチした上で襲っている。故に、被害者には共通点が多かった。長い黒髪、ノーメイク、大人しめなファッション……彼氏ナシ。 「で、なんでそんなに怯えた。この子の事、何か知ってるのか」  山田が再び、ガタガタと震え出した。その顎を掴んで顔を上げさせ、逸彦は再びタブレットの百合香の写真を突きつけた。 「この子の家に入った翌日、寮の様子を見に行ったらヤクザみたいなのが何人もいて……連中の会話から、このバカ女がヤクザの身内らしいことがわかって……冗談じゃない! 僕はあそこで誰も殺すどころか傷もつけちゃいない!! 股を開いたのだって女の方からだ、言うなれば同意の上だぞ!! 」  百合香を探している連中……野上会か、或いは六曜興業か。 「で、百合香とヤクザの人相、覚えているか」 「よく覚えているよ。商売柄、顔を覚えるのは得意だ」  何か、大きな齟齬があるような気がしてきた。百合香は或いは、本人の意図しないところで事件に巻き込まれているのか。山田は、そのギャルこそが百合香だと思い込んでいるが、本当に別人だとしたら。  ならば、その女は一体何者か。  取調室の外に出て、廊下で逸彦は久紀に電話をかけた。 「あ、すまん、オレオレ……百合香の背景、教えてくれ」 「ああ、まず、加藤ってのは父親の姓だ。百合香の母親が野上会長の娘で、今は縁を切っている。父親は小さな胃腸科のクリニックを営んでいる」 「それで、医大か……山田が百合香の部屋に押し入った時、ギャル風の女がいたらしい。山田はそれが百合香だと思い込んでいるが、俺にはどうにも結びつかない。これから成城南署に行って詳しく調べてくる」 「わかった。こっちは野上の蜂共を抑えるのに手一杯だ。頼む」  電話を切り、逸彦は廊下を駆け出した。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加