8.交差

1/1
前へ
/16ページ
次へ

8.交差

 朝8時。世田谷署の特捜本部に、佐久間勇政(ゆうせい)、本庄エミの顔写真が並んだ。  大会議室。昭和建築そのものの古びた大部屋に長机を並べ、捜査員達が顔を揃えていた。その前方、向かい合うように、福島管理官、世田谷署の刑事課長、そして逸彦が並んでいた。 「百合香が最後に寮で目撃されたのは、エミが佐久間を手引きした日、つまり山田が忍び込んでエミと遭遇した日の昼頃に間違いありません。近所のコンビニの防犯カメラに11時50分頃に飲み物を買っている姿が映っていました。その後、駐車場で若い男に声をかけられ、その車に乗りこむ姿も確認出来ています。男の人相は、山田の証言によるモンタージュの男達の内の一人と一致。四谷署に確認したところ、野上会の末端である影山組の若衆と判明」 「野上会系の影山組……だから百合香は抵抗なく自ら車に乗ってるのね」 「対して、佐久間はつい最近になって、六曜興業の構成員に昇格する噂が元半グレの連中内で広がっているとの情報を所轄が掴んでいます」  2人の説明を、捜査員達はタブレット越しに写真などを確認しながら聞いている。随分と捜査手法も様変わりしているが、刑事達のギラギラした目だけは、おそらく令和の今も変わってはいまい。 「貸し倉庫の中身の分析は。シャブの形跡とか、出た? 」  逸彦は所轄に捜査経過を促した。 「いえ、シャブにつながる証拠は何1つ出てきませんでした。宝飾品、ブランド品、どれもわずか数点程度です。ブランドの紙袋に包装紙とメッセージカード、リボンまで丁寧にしまってありました。両親或いは祖父・野上耕造からの贈り物を、エミに取られないように保管していた可能性があります」 「何か足取りにつながるような物証は、男の影は」 「すみません、鑑識の結果、百合香本人と百合香の親族以外のDNAや指紋は検出されていません。防犯カメラを解析中です」 「百合香のスマホは、GPSは? 」 「追っていますが、犯人が握っており、こちらへの工作以外の時は電源が入っていないものと思われます。渡辺美佐に届いた百合香からのメールは、間違いなく百合香のスマホから発信されています」 「犯人の偽装と見るのが妥当ね」  福島が立ち上がり、時系列を整理した。 「コンビニの駐車場のカメラによると、11時52分、百合香は野上会のチンピラに声をかけられて車に乗っている。その後、防犯カメラの記録では夜8時4分、佐久間がエミからの連絡により百合香宅に侵入、山田と遭遇。但し佐久間は鳴りを潜め、エミが山田を引きつけて行為に及び、山田はエミが百合香だと勘違いしたまま、ブローチを戦利品がわりに、本人曰く夜9時前、カメラの死角を通って退室……翌朝、影山組のチンピラが再び百合香の部屋を訪れる……てことは、影山組が百合香を拉致したわけではない、ということね」  腕を組んで唸っている管理官の元に、海老沢がタブレットを手に駆け込んできた。 「倉庫の防犯カメラ、解析できました。モニターに出します」  そこには、影山組の若い衆の車から降りた百合香が、自分の倉庫の鍵を開ける様子が映っていた。チンピラ達は、一応百合香には慇懃に振舞っている様子も見受けられる。ラテックスをつけ、促されて倉庫内に入った若い衆は、少しして出てくるなり、百合香に何度も頭を下げていた。百合香は手を振って笑っている。探し物でもしたのか、それが無かったからなのか……刑事達が腰を上げたのは次の瞬間の映像を見た時であった。影山組の車を先に見送って施錠をしていた百合香を、猛スピードで走りこんできた車から出てきた若い男達が車に引きずり込んだのである。 「時間は同日の昼12時33分。ナンバーは既に照会済みです。持ち主は新宿連合という半グレグループのメンバーで速水嶺二、映像の人着から前歴(マエ)がヒット、もう一人は横田海斗と判明。佐久間とは高校時代からの悪仲間で、同じホストクラブで働いていることが判明しました。どいつも少年院上がりで、恐喝、暴行、詐欺の常習です」 「なるほど、新宿連合か……確か六曜興業寄りだったな」  逸彦はスマホを手にした。 「速水と横田の行方を洗え。ナンバーはオービスで追跡。管理官は新宿周辺の所轄に通達願います」 「了解」 「所轄は、このエリアのローラー。それと百合香の部屋の家宅捜索をもう一度だ、徹底的に指紋採取、どんな些細な証拠も拾え!! こいつらが何かを探しているのは間違いない。それと、佐久間の行方だ」  本部の大部屋から廊下に出た逸彦は、すぐに久紀に連絡をした。 「俺だ。おまえ、佐久間って知っているか。新宿連合との繋がりがある元ホストだ」 「繋がり、じゃねぇよ。ザ・新宿連合って奴だ。ろくでもねぇ」 「成る程な。速水、横田の名前も挙がってる」 「新宿連合の中でも、顔がちょっとまともなホストグループだ。売掛ふっかけて女売り飛ばしたり、巧妙に笑顔の下で女を食い物にしているクズ共だ」  そんな連中が何で野放しでホスクラ堂々と営業してんだよっ、と思わず逸彦は電話口で悪態をついた。 「……実はな、六曜興業と野上会がまたキナ臭くなってきた。どうも六曜側は、密かに野上の末端である影山組に直参入りをエサにドラッグを要求したようだ。野上はヤクは御法度だが、影山はシノギもキツく、上納金も滞っている。六曜傘下に入る為、無理をしてフィリピンルートでシャブを手に入れたらしい。末端価格で5億分だ。だが、それが誰かに盗まれた。野上本家にも、六曜にも言えずに、影山組は血なまこで探し回っている」 「おいおい……まさか盗んだのは」 「新宿連合だろうな。だがその中にもグループが幾つかあってな。佐久間ってのはホストらを束ねて女を食い散らかすリーダー格だ。だが、ヤクザからしたらチンケな半グレに過ぎないし、女を売り飛ばしたところで箔がつくわけでもない。それで佐久間は六曜に接触し、結果、本部の構成員として引き上げられる約束を取り付けたらしいぞ。よほどの手土産をチラつかせたとしたら……」 「影山組からシャブを掠めたのは佐久間で、それを土産に組入りか」 「だが、そのシャブは、まだ見つかっていない。だから、六曜は影山組を追い込もうとしているし、影山組は佐久間に追い込みをかけようとしている」 「おまえ、今どこだ」 「影山組の前だ。鸞には野上会長宅を張らせている。今にも野上がハジけて大抗争になりそうでな、ここを動けん」 「気をつけろよ」  逸彦は電話を切った。  ヤクザ同士の覇権争いと見栄の張り合いに、百合香は巻き込まれたと言うのか……。  すると、大部屋から管理官が走り出てきた。 「深海……佐久間の血痕が発見されたわ」 「え……場所は」 「それが、寮のすぐ裏なの。殆ど乾いて気付かなかったけど、日陰のポールに血痕がついていたのを鑑識さんが見つけてくれた」  逸彦は走り出した。  寮の百合香の部屋では、3係のメンバーが再び捜索にかかっていた。血痕が発見された裏口は駐輪場になっており、部屋の鍵を使わないと建物内には侵入できない作りになっている。 「暑いな……」  まだ四月の終わりだというのに、やけに日差しがキツい。額に手をかざすようにして、路地の左右をよく見通すと、西側の十字路の先に美容室が見えた。逸彦は頭で考えるより先に走り出し、建物の庇を見上げた。 「あった! 」  防犯カメラだ。角度はどうかわからないが、走り去る何者かでも映っていてくれ……。  祈る気持ちで本部に連絡をし、地番を告げて解析を急がせた。  その間に、百合香の部屋に戻ると、鑑識が大金星を挙げていた。 「シャワールームの天板周辺に佐久間の指紋がベタベタついています」  玄関にたどり着くと、稲田が袖を引く勢いで逸彦をシャワー室に誘った。 「覚醒剤反応、ありました。包みに付着していた程度のごく微量ではありますが、間違いありません」 「有難う!! 」  間違いない、佐久間は影山組からシャブを盗んでここに隠したのだ。野上会の会長の孫娘の家なら安全だとでも思ったのか。だが、山田がここに侵入した日、取り出そうと思ったシャブが無くなっていて慌てたのではないか。 「オヤっさん、もう一度入り口のカメラを確認して、佐久間がブツを持って入った正確な日にち、確認してください。末端価格5億分なら、荷物として目立つはずです」 「了解」  菅が事務室へと走り去っていった。 「稲田さん、ちょっと……」  逸彦が稲田を呼び寄せ、耳打ちをした。 「なるほど、承知しました」 「後、任せてもいい? 」 「大丈夫です」  頷いた稲田は、隣の渡辺美佐の部屋に向かっていった。逸彦はその落ち着いた背中を見送ると、寮から飛び出した。  インカム越しに、次々と証拠の分析結果が報告される。それらの点と線が次第に繋がって、大きな絵図となりつつある。  ここで焦って無理に線をつないでは仕損じる。予断は持つな、予断は禁物だ。証拠をつなげ、証拠だ。 「鑑識です、カメラの解析できました、寮の裏口から佐久間を拉致したのは、影山組の車に間違いありません。日時は今から3日前の午後9時25分」  佐久間は何故、日を空けて再び忍び込もうとしたのか……一体シャブはどこに消えたのだ? この寮の何処かにあると諦めきれず、侵入したのか?  佐久間も影山組も持っていないとなると、おそらく逸彦の予感は的中することになる。 「係長、管です。佐久間は間違いなく荷物を運んでいます。山田と鉢合わせる二日前、小包を手にして入って行きましたが、出てくるときは空手です。配送業者に化けているので、怪しまれなかったのだと思われます」 「俺はこの足で新宿に行く、オヤっさん、稲田さんのフォローを」 「お任せを」 「稲田さん、慎重に炙って。おそらくビンゴだ」 「腕によりをかけます!! 」  逸彦はインカムを外し、走りながら久紀に電話をかけた。 「佐久間はもう影山組の手の内だ! 」 「よし、任せとけ」 「俺もそっちに行く」 「特捜の指揮は」 「全ては新宿に繋がってんだよ!! 」  世田谷線の駅へと、逸彦は下町の雰囲気が残る商店街を猛然と走った。      
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加