9.ザ・マル暴

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9.ザ・マル暴

 久紀は、四谷署の制服組を野上会末端の影山組の事務所を囲むように配置し、防弾チョッキを着せた部下3名を引き連れて灰色の雑居ビルの階段を上った。久紀自身はきれいさっぱり丸腰である。 「何だてめぇは、コルァ!! 」  早速構成員の下っ端が中国製のトカレフを向けて事務所のドアから飛び出してきたが、久紀は構わず体当たりをして階下に蹴り飛ばした。 「邪魔なんだよ、このヤロ馬鹿ヤロォ!! 」  (ドス)を抜いて斬りかかってきたチンピラを頭突きで押しのけ、久紀は先頭を切って事務所の奥の部屋まで、数人を蹴り倒し投げ倒し、正にブルドーザーの如く構成員を薙ぎ倒しながら全く歩みの速度を緩めずに進んだ。 「影山ァ、出て来いヤァ」  ここは野上会の直参の兄弟分から更に親子の盃を受け、何とか組を持たせてもらっている枝の枝だ。シノギがきついであろうことは、殺風景な事務所の雰囲気で容易に知れる。  奥の間に続く貧相なスチールドアを蹴り倒すように開けると、穴の空いたソファにどっかりと腰を下ろした40代と思しき男の側で、全身を血に染めて二人の男が転がっていた。一人はここのチンピラだろう、指を全部切り取られ、背中もドスで斬られている。既に事切れていてピクリとも動かず、刺青が血で染まる裸体は膨れ始めている。 「よう、霧生の旦那。相変わらずヤクザだなぁ」 「よう影山ぁ。大事な大事なシャブをガキに掠め取られたんだってなぁ」 「ああ、バカな手下がよ、ケツの軽い女の部屋にまるっと置き忘れやがって、その女がホスクラの売掛の代わりにこのクソホストに差し出したってんだから、もう笑うしかねぇや。エンコで済む話じゃねぇわ、コイツとバカ女、切り刻んで湾に沈めても飽きたらねぇ」  余りの間抜けな偶然によってもたらされたオチに、久紀は絶句した。佐久間は何も奪ったわけではない。むしろ、棚ボタだったのだ。  その張本人、今一人血まみれで転がっている優男は、まだ全容を吐いていないのか、上半身への殴打による出血なだけで、致命傷には至っていない。 「そりゃ災難だったねぇ。六曜に若頭の地位でも匂わされたのかぇ」  影山は上半身は裸で、刺青に染まる肘の内側をボリボリと掻いている。その腕中には無数の注射痕がある。これを野上の会長に知られたら、タダでは済むまい。野上はシャブを扱うのもシャブに手を出すのも毛嫌いしている。しかもこの新宿で今更野上の庇から弾かれたら、生き残る可能性はかなり低い。  それで両家の手打ちをいいことに六曜の傘下に入れてもらおうと泣きついたかと、久紀は頭の中でどうしようもなく救いのない絵図を描き直した。 「こいつが、佐久間か」 「こんなチンケな野郎に売掛500万だとよ」  影山が、血だるま状態の佐久間の腹をドスの柄で突いた。 「おやおや、ナンバー1ホストも、ここまで整形させられちゃ、仕事にならねぇなぁ」  何の気なしに、久紀は足元に転がる血染めのスマホを拾った。佐久間のか。  血だらけの佐久間の指を血だらけの服で拭い、何とか指紋認証を開けて中を確かめた。百合香を隠し撮りしている写真が何枚か出てきた。 「間違いないな。そういや影山、おまえんとこの若い衆、お嬢(百合香)に接触したな」 「ああ。エミはウチのシマのソープのキャストでな。隣の部屋をヤリ部屋にしてホストとヤリまくってるって武勇伝みてぇに言いふらしててよ。何日か跡をつけて、佐久間がお嬢の部屋に出入りしてることは掴んだ……お嬢に思い切って話したら、部屋にはそれらしいものがないって、倉庫まで見せてくださって……でも見当たらねえから、翌日もう一度お嬢の部屋を見せていただこうとしたら、お嬢の姿が消えていた。バカみてぇにお嬢の部屋を窺っていたコイツの仕業と踏んで拉致ったが、中々しぶてぇヤツで」  嘘はないと久紀は頷いた。例え六曜に傾いていたとはいえ、まだ盃で繋がっている親分の孫娘に無体をすれば、影山は既に全身に鉛玉を浴びて蜂の巣だ。  かつて四谷の端でカジノを取り仕切っていた事もある男だ、部下のミスによって転落したとはいえ、ヤクザとしての矜持はまだある筈だった。百合香に対して慇懃に、慎重に当たっていたのも当然だろう。それが返ってアダになり、佐久間たちに拉致される隙を与えてしまったのだ。 「じゃ、ゲロしてもらうか、な」  前歯を全部折られ、元の顔もわからなくなっている佐久間の顔を髪を掴んで上向かせ、久紀は凄んだ。 「佐久間よぅ、テメェの仲間の速水と横田、お嬢を拉致ったよなぁ。会長の掌中の珠だ、もう二度と新宿の街はまともに歩けめぇなぁ」 「ち……がう……」  佐久間は口から血のヨダレを垂らしながら、微かに首を振った。 「ほう、まだシラ切れるのか、元気だな。もう一度だけ聞く、シャブと百合香はどこに隠した」  「……しら、ない……おまえら、ケーサツ……ケーサツ……横取りを……」 「ああ? 」 「おまえらこそ……シャブ……返せ……昼間は確かにあったのに……エミの部屋もない……消える筈はない、横取りしたんだ……てめぇら」 「おまえ、山田の事件の日、二度入ってるよな、百合香の部屋に。昼間はあったのに、夜、女とシケ込んだ時には無かったってことか」 「ヨタってんじゃねえぞ、クソホストォォ!! 」  影山が立ち上がって振り上げたドスを、久紀が後ろ蹴りで弾き飛ばした。 「話の邪魔すんじゃねぇよ、クソが……おまえマジで、警察が取ったと思ってんのか」 「他に……誰が、誰がいる……エミの部屋も調べた……あいつが他の男に流したかと、男を、か、片端から見つけてシメて……でも……知らないって……」  こいつは本物の馬鹿かと、久紀はその頭を小突いた。後ろで、チンピラたちを検挙して連れ出していた部下が、救急車の到着を告げた。  久紀は更に写真のデータを手繰った。 「おい……」  久紀の手が止まった。  そこには、四谷署の入り口で久紀に着替えを渡す光樹の盗撮写真と、警視庁の庁舎前で逸彦と談笑する多岐絵の盗撮写真が残されていた。 「……佐久間よ、このまま棺桶に入るのと、救急車に乗るのと、どっちがいい。それとも六曜の事務所に連れて行って、お前が影山からネコババしたと歌うか」  久紀から一切の余裕が消え失せた。影山はその形相に、思わず咥えていたタバコを足に落としたが、熱さも感じないほどに怯えていた。 「この二人、どうするつもりだ」 「……さぁな」 「息があるうちに言えや! 」  殺気を漲らせる久紀が佐久間の襟首を掴んで持ち上げた途端、部下が羽交い締めにして静止した。 「いけませんよ、課長、落ち着いて! 」 「ウルッセェ!! 弟達に手を出したんなら、今ここで殺してやんぞコルァ!! 」 「だめですってば!! 」  髪を掴んで揺すられた佐久間が、ぺっと不敵に唾を吐き捨てた。 「あんたらサツが……押収したヤクを……返せよ……へへ……今頃、ヤられてんじゃねぇの……あいつらも、す、すきものだからよぉ……」  部下を突き放して再び佐久間の髪を掴んで立たせ、鳩尾、股間、顔と殴りつけた後、久紀は後ろ手に捻りあげて佐久間の骨を軋ませた。 「どうせ死ぬんだから、折ってもいいよなぁ」  ひぃぃ、と佐久間が悲鳴をあげた。不敵な事を言いながらも、この手合いが痛みに弱いことは久紀も良く知り尽くしている。 「答えろ、二人をどうした、百合香はっ」 「い、痛い、痛い……み、店……」 「歌舞伎町の、おまえのホスクラだな」  ガクガクと、佐久間が血を振りまきながら頷いた。 「百合香は、百合香もそこにいるんだな! 」 「だって……百合香を握ってれば野上会は手が出せない……六曜と確実に話がつくまでの……ほ、保険だ……」 「こぉのクソ馬鹿野郎ガァァ!! 」  床に顔を叩きつけるようにして佐久間から手を離し、久紀が影山を睨みつけた。影山が、ビクリと肩を震わせた。 「旦那、ヤクザになった方が出世するぜ……」  影山は黙って両手を差し出した。逮捕される方が、野上会へのケジメにドラム缶に詰められて東京湾に沈むよりマシだと思ったのだろう。 「後を頼むぞ」  ゆらりと、部屋を後にする久紀の背中からは怒りの炎が立ち上っていた。 「いいのかい、あれ、ガキ共を細切れにする顔だ」 「わ、わかってる! 」  部下は震える手でスマホを弄り、野上会長宅を張り込んでいる桔梗原鸞に連絡を取った。    
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