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月曜日、再びの皆木家と私
校門の前で車を停めてもらい、真咲くんと一緒に降りる。
「じゃぁここで、ね」
「うん」
「帰りはいつも通りお迎えに来るね?」
「しゅうくんもくる?」
「あ…うん、来るよ」
今日は月曜日だから。
きっと一緒に来てくれるはず。
「そしたら、しゅうくんとりゅうさんのおうちにおとまりだよね?」
「うん…」
真咲くんのキラキラの目が、今日から皆木家にお世話になることを純粋に喜んでいると物語っているけど。
手放しで喜べない私は、苦笑いするしかない。
その時、背後で車の窓が開く音がして。
「真咲くん」
振り返ったら、サングラスをかけた修くんが顔を出していた。
「頑張ってね」
「うん!」
「グータッチしよ」
「うん!!」
拳をコツンと合わせて、真咲くんは踵を返した。
「またね~、けいちゃんとしゅうくん!」
「あとでね!」
昇降口に向かって走る背中が、あっという間に遠ざかる。
「恵さん、行こう?」
「うん…」
促されて、助手席に戻った。
シートベルトに手をかけたら、修くんがこっちを覗き込む。
「?」
「大丈夫だよ、学校の中は安全だから」
「……うん」
私の中の不安を正確に見抜く彼。
不審者の目的を考えれば考えるほど、私ではなく真咲くんだろうと確信しつつあった。
他に考えようがないのだ。
やっぱり、森川さんに一度連絡してみよう…
「じゃぁ1回帰って、まとめた荷物を積み込もうか」
「そうだね…よろしくお願いします」
「うん、了解」
滑らかな動きで、車が走り出す。
「恵さん、よく来たね」
皆木家に到着すると、玄関で琉さんが出迎えてくれた。
「今日からお世話になります。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」
スーツケースから一旦手を離して、深々と頭を下げる。
「迷惑なんてとんでもない。賑やかになって嬉しいよ。真咲くんに会えるのもとても楽しみなんだから」
「ありがとうございます…」
琉さんが、心から歓迎してくれているようで。
この家の人はどうしてこんなに優しいんだろう。
「車は大丈夫だったかな?ガレージ、少し狭いから」
「そんな…」
狭くなんかないガレージには、普段修くんと琉さんの車が入っていて、私の車は外でいいといったけれど、つめれば入るからと今修くんが調整しながら停めてくれている。
そう言うと琉さんは、
「あぁ、以前は莉乃さんの車もあったからね。3台停められるようにはなってるんだよ」
「りのさん…奥様ですね」
雪音さんと話した時に名前だけ聞いていた。
「うん、彼女も大きい車が好きだったからね。恵さんのも入るはずだよ」
それでももし出し入れがしにくいようなら、外に置いておけば修くんが入れておいてくれるという。
そんなことまで考えてくれたのかと思ったら本当にありがたくて、申し訳ない気持ちも一層大きくなった。
余計な手間ばかり増やしちゃってる…
「あの、ここに居させていただく間は、私にできることは何でもやりますから」
「はは、そんなに気張らずゆっくり過ごして」
「でも…」
「あれ?まだ入ってないの?」
玄関先でそんなやり取りをしているうちに、修くんが追いついてきた。
「修、車は入った?」
「もちろん。恵さん、寒いから早く入ろう?」
「あ、うん…」
「さぁ、どうぞどうぞ」
「お邪魔します…」
この家に入るのは2度目。先月、ご招待頂いて、真咲くんと遊びに来て以来だった。
相変わらず、暖かで素敵なインテリア。留学先のホストファミリーの家を思い出す。
「空いてる部屋が2階なんだけどいいかな?」
「もちろん、どこでも」
貸して、とスーツケースを持ってくれて、修くんが案内してくれたのは、2階の最奥の洋間だった。
「どうぞ?」
「はい…、うわぁ…」
十畳はあるだろう広いお部屋に、ベッドとライティングテーブルがあって、テーブルの上には陶器のランプ。
反対側には大きなクローゼット。木目の美しいそれは手入れが行き届いていて艶がある。
植物柄のカーテンはたぶん、年代物。
ベッドリネンも同じく。
見とれるあまり言葉もない。
「こういうの好き?」
「……うん!すっごく好き!」
思わず力を込めて返事してしまうほど、好みのインテリアだった。
「そう、良かった」
修くんが微笑みながら言う。
スーツケースを引いて、クローゼットの前に置いてくれた。
「何でも自由に使ってね。足りないものがあったら言って」
「…ありがとう、本当に」
「どういたしまして」
「琉さんにもお礼を言うね」
「うん、喜ぶと思うから伝えてあげて」
気に入ってもらえるかどうか、心配してたからと言う。
私達のためにそこまで心を砕いてくれることが、本当に嬉しかった。
階下から琉さんの声がする。
「父さんが、コーヒー淹れるって」
一緒に行こう?と言われて、うなづいた。
ダイニングテーブルにつくと、間もなく琉さんがコーヒーを持ってきてくれる。一緒にお手製の小さなマドレーヌも。
「良かったらこれも食べてみて」
「いただきます」
レモンが効いたマドレーヌ。まだ温かい。
端がカリッとしてとても美味しかった。
「すごく美味しいです」
「良かったら、真咲くんにも取っておこうか」
「はい、喜ぶと思います。ありがとうございます」
コーヒーとも良く合って、お昼前なのにお腹がいっぱいになってしまう。
「ふたりは、今日はどうするのかな?」
そう訊かれて、彼と顔を見合わせる。
明日からはカフェの営業があるけれど、今日はお休みだ。
「とりあえず、午前中は荷物を整理する?」
「うん、そうだね…」
必要なものはひと通り持ってきたはずだけれど、もし足りないものがあれば取りに帰るか、買い足しに行くか。
家には帰らないほうがいいんだろうけど…
今日は白田さんからの連絡もない。
「私は午後から出かけるよ。買い出しに行くから、何かあれば言ってくれたら一緒に済ませてくるから」
琉さんがそう言いながら、サーバーのコーヒーをカップに足してくれた。
何をするのもスムーズというか、様になる人だ。
「真咲くんが帰ってきたら、一緒に苺のジャムを作りたいと思っていてね」
「え、そうなんですか?」
苺のジャムは、真咲くんが一番好きなジャムだ。
きっと大喜びだろう。
「そう言えば、この前も言ってたね」
修くんが思い出したように言う。
「そうだよ。伝言を頼んだはずなのに、いつまで経っても返事がないから」
この機会にね、と琉さんに微笑みかけられて何故か顔が熱くなった。
修くんに似てるんだもの…
見る人を魅了する、素敵な笑顔だ。
「言おうと思ってたけど忙しくて…」
隣で彼が言い訳しているのが可愛い。
「真咲くん、苺ジャム大好きなんです。よろしくお願いします」
「きっと美味しいのができるよ。楽しみにしていてね」
「はい」
それからお昼までは各自で過ごす事になり、私は荷物整理を済ませた。不足の物はなさそうなので、午後は少し仕事をしようかと考えていたら、
「恵さん、俺たちもちょっと出かけない?」
修くんに誘われた。
「うん、どこに?」
「駅前のデパートに見たいお店があるんだけど」
「いいよ」
前は私の買い物に付き合ってもらったので、今日は彼の買い物に付き合う。
それがいかにも恋人らしい気がして嬉しくなる。
お昼は琉さんが作ってくれたサンドイッチを頂いて、私達のほうが先に出発した。
車の中で、何が欲しいのか訊いてみると。
「指輪」
と、短い答えが返ってきて。
「指輪…」
思わず繰り返した。
彼がアクセサリー類をつけているのを見たことはないので意外だった。でもきっと、あのきれいな指に指輪をしたら素敵だろう。
「気に入るのが見つかるといいね」
「うん、一緒に選んでくれる?」
「うん…」
返事はしたものの、自分も指輪は付けたことがないので、選ぶ基準など全くわからない。
役に立つかどうか…
一抹の不安を抱えながらも、目的地に到着した。
手をつないで、ジュエリー店へ向かう。
「いらっしゃいませ」
年配の男性店員に声を掛けられて、ドキッとした。実際に入ってみると、格式高いというか、一種の緊張感みたいなものがあって。
ケースに収められた貴金属類はどれもこれも眩しいほど輝いて見える。
「どういった物をお探しでしょうか?」
「指輪を見たいのですが」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
案内された一角は指輪だけがずらりと並んでいた。色、デザイン、大きさ、様々なそれらが誇らしげな顔をしているように見える。
「この辺りはいかがですか?」
「………」
勧められたのは比較的シンプルなデザインのコーナーで、大きな石がついているようなタイプではなく、リングそのものに細かなデザインが施されていたり、幅や色で変化を持たせたタイプだった。
「うん…恵さん、どう?」
修くんが目を走らせながら訊いてくるけど。
どう……と、言われても。
「あの、でも、これペアリングなんじゃ…」
すべて径の異なる2つが並べて展示されているのだ。
「え、そうだよ?」
「うん…そうだよね?」
「……」
「……」
「…ペアリング、買いに来たんだよ?」
「……えっ」
ペアって、ペア?
修くんと私?
オロオロする私を見ながら、修くんが笑う。
「俺、普段してないじゃん」
「あ、そうだよね…」
それはわかっていたけれど、まさかペアリングが目的とは思わなかった。
「か、買うの…?」
「うん、買うの」
言い切られて、つい「はい」と返事してしまう。
ショーケースの向こうの店員さんが、にっこり笑って言う。
「どれでもお出ししますので、ぜひお試し下さい」
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