Ⅹ.もりのくまさん

1/1
前へ
/10ページ
次へ

Ⅹ.もりのくまさん

 森野はまた笑った。  私は何となく照れくさくなって、下を向いた。 「久間さん、やっぱり面白い」 「……森野の方が、面白いよ」 「そうかな」 「そうだよ、自分は呼び捨てにしろって言っといてさ、私や草壁のことは『さん付け』で呼んでるし、変だよ……」  私は精一杯の反論をしてみたつもりなのだが、森野は相変わらずあっけらかんとして微笑んでいた。そして少し照れた様子で発した。 「……なんか、女子を呼び捨てに出来ないんだよね。それに……久間さんは、そのまま『さん付け』の方がいいよ、絶対」 「なんでよ」  すると森野は自分の顔を指差した。 「森野――」  そして今度は私の顔を指差した。 「――久間さん」  私はキョトンとして、それを復唱した。 「もりの……くまさん……?」  森野は今日一番の笑顔を私に向けた。  もう、反則的なまでに目を細めて可愛らしい笑顔を。 「ね、ぴったりじゃない? 俺たち『もりのくまさん』だ」  ハハハと笑いながら、森野は簀子に寝転んだ。そして口ずさみ始めた。 「あるーひー、もりのなかー、くまさんにー、でああったー」  私は思わず吹き出してしまった。  全く持って、森野のイメージが崩れたからだ。  ――なんだこいつ、馬鹿じゃん。  そして……そんなこいつにぴったりだって言われてドキッとした私は、もっともっと馬鹿じゃん。  そんなことを思ったら笑えてきた。楽しくなってきた。 「……あのさ、久間さん。今日、一緒に帰らない?」 「うん」  なんだろう。  私は多分、久間(くま)一族で初めて、「くま」で良かったって思えたんじゃないかと思う。  だからこそ私たちは『もりのくまさん』になれたのだから。 ■おわり■
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加