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Ⅹ.もりのくまさん
森野はまた笑った。
私は何となく照れくさくなって、下を向いた。
「久間さん、やっぱり面白い」
「……森野の方が、面白いよ」
「そうかな」
「そうだよ、自分は呼び捨てにしろって言っといてさ、私や草壁のことは『さん付け』で呼んでるし、変だよ……」
私は精一杯の反論をしてみたつもりなのだが、森野は相変わらずあっけらかんとして微笑んでいた。そして少し照れた様子で発した。
「……なんか、女子を呼び捨てに出来ないんだよね。それに……久間さんは、そのまま『さん付け』の方がいいよ、絶対」
「なんでよ」
すると森野は自分の顔を指差した。
「森野――」
そして今度は私の顔を指差した。
「――久間さん」
私はキョトンとして、それを復唱した。
「もりの……くまさん……?」
森野は今日一番の笑顔を私に向けた。
もう、反則的なまでに目を細めて可愛らしい笑顔を。
「ね、ぴったりじゃない? 俺たち『もりのくまさん』だ」
ハハハと笑いながら、森野は簀子に寝転んだ。そして口ずさみ始めた。
「あるーひー、もりのなかー、くまさんにー、でああったー」
私は思わず吹き出してしまった。
全く持って、森野のイメージが崩れたからだ。
――なんだこいつ、馬鹿じゃん。
そして……そんなこいつにぴったりだって言われてドキッとした私は、もっともっと馬鹿じゃん。
そんなことを思ったら笑えてきた。楽しくなってきた。
「……あのさ、久間さん。今日、一緒に帰らない?」
「うん」
なんだろう。
私は多分、久間一族で初めて、「くま」で良かったって思えたんじゃないかと思う。
だからこそ私たちは『もりのくまさん』になれたのだから。
■おわり■
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