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Ⅷ.奇行のワケ
え? オトリ?
「……この間、あそこに捨て猫がいてさ」
「あそこ? 捨て猫?」
「うん、あの櫟の樹の下にダンボールがあって、そこに」
そこまで言うと、森野はリラックスしたようにあぐらをかいた体勢に座り直した。
「その日、雨、降っててさ。俺のビニール傘あげたんだ。でも次の日に傘取りに行ったら、猫はいないし、カラスに襲われるし、散々だった」
「そう……なんだ」
「何回かトライしたけど、カラスが見張ってて傘取れなくて。気付いたら傘も樹に引っ掛かってるしさ。だから何かに引き付けてる隙になら取れるかもって思って、今日、フタ渡してみたんだ。囮になるかなって」
私は、賢明に説明してくれる森野に応えたくて、一生懸命同調の言葉を絞り出した。
「……一応、上手く行ったんだ」
「……まあ、そうだね。結構観察したんだ、カラスが物を拾った後に樹の上に持っていくこととかね」
森野は傍らに置かれた戦利品とも言えるビニール傘を小さく降ってみせた。
その行動や、饒舌に話す森野の姿が意外だった。
付き合いは無いに等しいが、朴訥としている印象だったから。改めて森野の方に目を向けると、晴れやかな表情をしていた。緩んだ口元が作ったその笑顔は、どこか幼く、可愛かった。
私は走ったのとは別の心臓の高鳴りを感じた。
すると森野の顔が私の方に向く。
「……それで、久間さんは、どうしてあんなとこに?」
「うっ……」
その質問、まだ生きていたのか。
これはもう、素直に話すしか無いだろうな。
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