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秋の日は釣瓶落とし…なんてことわざの通り、日がずいぶんと短くなった秋の夕方。手持ち無沙汰に爪を弄っていると廊下を歩く足音が近付き、部屋の少し手前で止まる。チャリチャリと鍵同士のぶつかる音がしたかと思うと、3歩進んで鍵を差し込む音。
カタリと鍵が回って彼が顔を出す。さして広くもないワンルームのアパート。居間からでも玄関が見える。
「ねぇ、今日外に出た?」
スーツ姿の彼が、ただいまも言わず開口一番に訊いてくる。
「おかえり。今日は天気悪くなりそうだしサボっちゃった。…なんかあった?」
「あ、ただいま。いや、帰る頃に雨が降ってきてたんだけど、今廊下に足跡が続いててさ、女の人の」
「いや、アタシなワケ無いじゃん…」
「いや、それはそうなんだけどさ。お年頃だしオシャレに目覚めることもあるのかと思って」
スーツをハンガーにかけながら続ける。
「だからってなんでアタシなのさ。どう頑張っても無理だろ?他の住人とかじゃないの?」
この男は時折こういう頓珍漢な発想をする。まぁ、アタシと彼のこの奇妙な関係はそのお陰と言うかそのせいで、繋がっている。
「それがさぁ、その足跡…ウチの前で止まってるんだよ。扉に向かって両足揃って切れてるの。戻る足跡も進む足跡もないんだよね」
言いながら心底不思議そうに首を傾げる。
「あ、もしかして今誰か来てる?」
「誰が独り暮らしの留守宅に上がり込むってのよ。怖いこと言わないでよ」
「よりによって君が怖いとか言う?」
着替えのため隣の部屋に移動しながら彼がアタシをみて微笑む。何となく気恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。
確かに、アタシが何かを怖がるなんて、そんな馬鹿げた話は無いかもしれない。
そう思い自分の体を見下ろす。
本来あるはずの下半身はへその下から存在せず、破けたセーラー服の裾から内臓がこぼれ出ている。血こそ出ていないが自分で見てもグロい。その腹を撫でる指先には鋭い爪。アスファルトを切り付けながら暗闇を駆けられるこの爪も、やはり人間のそれとは強度が違う。こんなナリをして、怖いものなどあるものだろうか?
そう。アタシはかつて一世を風靡したテケテケという怪異。今だってちょくちょく道行く人に恐怖を与える都市伝説だ。
しかしそれを言うなら、そんなアタシを見慣れてしまっている彼の方こそ、怖いものなどあるのだろうか?
案の定「不思議なこともあるもんだねぇ」の一言で足跡の話は終わってしまった。
「ホント、変な人…」
座椅子の背もたれに体を預け、台所で夕食の準備を始めた背中を見ながら、彼に出遭った日を思い返す。
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