追ってきたモノ

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怪異は、恐れられ、怖がられてこそ怪異。アタシも例に漏れずせっせと人を驚かせたり怯えさせたりして過ごしてきた。 季節は夏。怪異の稼ぎ時。生暖かく生臭い風がより雰囲気を盛り上げてくれる。 夜道、わざとらしくズル…ズル…とにじり寄り、何の音だと探し始めたところに爪でアスファルトをジャカジャカ言わせて一気に距離を詰める! 大抵の人間はこれで飛び上がって逃げ出す。運悪くアタシを直視すれば逃げることも忘れて恐怖すること受け合い。まさに鉄板芸。アタシスゴイ。 あの日も、そうやって順調に何人も逃げ惑わせていたのだけれど。 あるスーツ姿の男に狙いを定め、ケケケと奇声を発してジャカジャカと迫る。 ところが、アタシを視界に捉えた彼は逃げもせず、怯えもせず。 「えっ?ぅわっ大丈夫ですか!?」 心配した。 「へ?は?なっ!?」 「酷い怪我ですよ!ってかよくこんな状態で…。何か言い残すことがあれば聞きますから!頑張って!」 涙ぐんで励まし、末期の一言一句を聞き逃さんとする真剣な眼差しに、アタシは、パニックを起こした。 「あぁ~…貴女がかの有名なテケテケさんですか!すみません、そんな有名な方に会うのは初めてでして。いや、本当にビックリしたんですよ、本当に」 道路端の電柱にしがみついて涙目で「怪我じゃないし…なんで…驚いてよ…なんっなんだよぉ…こわがれっ!怖がってよぉ…」と幼児退行してパニクるアタシに、困り顔で彼が慰めるように語りかけ続ける。人通りの無い道ながら、アタシが見えない人から見たらヤバイ人だろうに…彼は優しい声で話しかけ続ける。 「それはそうと、本当に痛くないんですか?」 アタシが落ち着きを取り戻したところで、恐る恐る彼がアタシの傷を気遣う。 「痛いワケ無いじゃない。こちらとら、数十年はこうして存在してるのよ?」 これに痛みがあったら絶対動ける筈が無い。ましてやその傷口を地面に擦り付けて進むとか狂気の沙汰ではなかろうか? その痛みを少し想像して嫌な気持ちになった。 「血も出なくなってるし、こういう体ってことよね」 もう怖がられることは諦めて、普通に会話に応じる。 すると、彼は意を決したかのように真剣な面持ちで「あの、そのお腹…」とアタシの裂け目を指差す。そこを直視しないように顔を背けるように。 「あぁ、気持ち悪いでしょ?でも人間のと同じものの筈よ」 千切れたハラワタなんて見たこと無いでしょうけど、と続けようとしたのに彼の言葉に遮られる。 「何て言うか、見えちゃってるんですけど、その、隠さなくて良いんですか?覗いてるみたいで何だか申し訳ない気持ちになるんですけど…」 まるで、アタシがスカートを忘れて出歩いてるみたいな言い方だった。 「その発想は要らなかったなぁ…。ってかヒトのアイデンティティーをパンティみたいに扱わないでくれる?!」 「あ、僕大判のハンカチあるんで良ければ」 「話聞いてよ!?」 はい、とスーツのポケットから花の刺繍の入ったハンカチを取り出してアタシの裂け目をふぁさっと隠す。 「うん、可愛い」 そう柔らかく微笑まれ、頭をポンポンと撫でられる。 顔が熱くなって言葉が出ない。生まれて初めての感情に、戸惑いは強くなるばかりだった。 この時ばかりは、ゆるゆると吹く生暖かい風が疎ましかった。
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