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2.
早川くんが雨の日は飴をくれると言ってくれてから一週間が経過した。
五月というのはこうも雨が降らないものなのか。
彼とはクラスが違うので滅多に顔を合わさない。たまに廊下ですれ違うこともあるが、手を挙げて挨拶するくらいで立ち止まって会話をすることはない。
だから、雨の日に飴をくれると言った早川くんとの約束だけが、私の心の支えなのである。
「ちょっと春田。なにしてんの」
教室の自分の席で工作していると、朋美が怪訝そうな顔で私の手元を見た。
「なにって、てるてる坊主作ってんの」
「はぁ? てるてる坊主って雨が降ってほしくないとき『天気になぁれ』って吊るすもんでしょうが。カンカン照りの今作ってどうすんの? これ以上晴れさせるとか悪魔じゃん」
制服のワイシャツの袖を肘まで折った朋美は、カーディガンを羽織った私に対して「女子ぶるんじゃねぇ」と睨んでくるような女子高生だ。
でもこの歯に衣着せぬ性格が私は好きなのである。ときどき怖いけど。
「てるてる坊主を逆さまにして雨乞いしてるんだよ。雨が降らないと早川くんから飴がもらえないからね」
「はぁ? なに言ってんの」
あれ、朋美に話してなかったっけ。あぁ、そうか。これは自分だけの秘め事にしようと言わなかったんだっけ。あまりにも悶々とするから、朋美に聞いてもらおう。
私は彼女に先週電車で起きた出来事を話した。ちなみに朋美は私が早川くんに好意を抱いていることは知っている。
いくらか大げさに表現したかもしれないが、話し終えた私は朋美に感想を求めた。
「……どう思う? 嫌いな雨が好きになりそうだよね?」
「なに、早川ってそんなキザな奴だったの?」
「キザってなんだ! やることがイケメンだと言ってくれ!」
「あーはいはい。早川はイケメンイケメン」
「はいもイケメンも一回でよろしい!」
朋美は早川くんと同じ中学だったらしく、割となんでも言い合える間柄だったらしい。私は去年同じクラスで席が隣同士になったときからの早川くんしか知らないので、朋美のポジションにかなり嫉妬している。二年生になった今、早川くんとクラスが違えば話す機会もなく、想いだけが募っていく中で訪れた最大のチャンス。雨の日には早川くんから飴ちゃんをもらえるという大特権……雨乞いをせずにはいられなかった。
「あっめあっめ降っれ降っれ母さんが~」
童謡を歌いながらてるてる坊主を作っていると、朋美は目を糸のように細くして「あのさぁ」と言ってきた。
「なに?」
「テンアゲのところ水を差すようで悪いけど、あたしももらったよ。早川から」
「え?」
ティッシュを丸めていた手が止まる。朋美がポケットから「これ、早川からもらった」と言って一口サイズに個包装されたお菓子を取り出して私に見せてきた。
私はそれをマジマジと見つめる。私がもらったものとは明らかに違うお菓子……
「クッキーじゃん!」
「うん。っていうかあいつ、よく人にお菓子配ってるよ」
え、なにそれ。思わず身体が硬直する。早川くんから手渡しされているのは……
「私だけじゃないってこと?」
朋美は静かに頷いた。
なぁんだよ! 期待させといてその落とし方はないよ!
まぁでもそうか。みんなに優しいっていうところは、やっぱり早川くんだよなぁ。
あーあ。このことを思い出してますます雨が嫌いになりそう。
「ま、そういうときもあるよね。ドンマイドンマイ」
明らかに肩を落としていると、朋美にバシバシと背中を叩かれた。体育会系の励まし方はとても痛い。身体と心、両方とも。
まぁ自分だけが特別ってなわけにはいかないか。なんせ早川くんと私は一年間同じクラスだったっていうだけの関係なんだし。
でもやっぱり早川くんとの接点である雨の日の飴ちゃんは、欲しい。
結局私はてるてる坊主作りを辞めなかった。
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