まだ体内に少女を飼っている

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 体内に少女を一欠片も残していない女なんてこの世にいるのだろうか。  ばきばきに割れたスマートフォンの画面を眺めながら、栞はそんなことを考えていた。  つい三時間前、栞は五年も付き合った彼氏と別れた。  別れの予兆がなかったと言えば嘘になる。ここ数年は特に、彼とは惰性で付き合っていたからだ。  彼を好きだったのかと問われれば、栞には「分からない」としか答えられない。  別れた瞬間どころか、付き合う前からだってそうだった。  自分がこの人を好きなのか分からない。  嫌いだと言い切るほどの気持ちもなければ、好きだと口にできるほどの強い気持ちもなかった。  なのにどうして栞が彼――芦原海と付き合ったかというと、それは彼が自分を好きになってくれたからだ。  告白されたから、了承した。そんな短絡的な始まりだった。  けれど海と付き合うまで、栞は男の子から告白されたこともなければ、友達として仲良くなることもなかった。  たったの一度もなかった。だから、思ったのだ。  このチャンスを逃してしまえば栞のことを好きになってくれる人なんてもう現れないのではないかと。  今はまだ気持ちが伴っていなくとも、付き合っていけば、いつか好きになれると思った。  だから彼からの好意も行為も拒絶しなかった。彼に対して生理的嫌悪を覚えたことはなかったのできっと自分は彼のことを好きなのだと思っていた時期もあった。  しかしその錯覚は長くは続かなかった。  彼がいてもいなくても感情にさざ波がうまれない。会えなくても淋しくない。綺麗な景色を見ても、美味しいものを食べても、心が動く物語に触れた時も、彼と共有したいと思わない。  そして多分、彼が死んだとしても、身を切られるような悲しみが訪ることはないだろう。  思い知ってしまえばもうどうしようもなかった。そんなの、赤の他人に向ける気持ちと何が違うと言うのだろう。  己の、乏しさに、ぞっとする。  身体の一部に穴があいているような気になった。向こうを見通すこともできない、底の見えない穴だ。  五年も一緒にいておきながら、恋することも愛することもできなかった。  おかしい、のだろう。きっと。  ああでも、情は、情はあった。だって彼に不幸になってほしいとは思っていない。でもそれくらいは、ある程度の付き合いがあれば抱ける感情だろう。  さむい。  たったそれだけのものしか抱けなかったのかと、自身に心底失望する。  恋をしたかったのだ。  愛する彼女のように、栞も人を愛したかった。  愛したかった。愛したかった。愛したかった。  ――人を、愛したかった。
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