DEAD END

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   第一章   第三者たち  その男が確かめるように周りを見渡しながら歩いているのは、その町に初めて来たせいではない。職業上何かを探しているわけでも今はない。 景色というものは、人それぞれ持ち合わせた情報によって違って見える。その先にあるものやそこで起こったことの記憶といった情報が、あるのとないのとで色も形も違ってくるのだ。   しばらく歩いて来て、どうも車が通ることがほとんどなさそうだと把握したので男は道の真ん中で立ち止まってみた。 背後は小振りの一戸建てが狭い道路の両端に混雑して、前方は緩やかな下り坂の先の少し離れたところに建つ唐突なほど大きい三棟並びの高層マンションが距離感を狂わせて、やけに広々として見える。 「その先は行き止まりですよ」 左手に曲がろうとした瞬間、後ろから止められた。振り向くと、おもちゃみたいな犬を連れた小さいおばあさんが佇んでいた。 「ああ、そうなんですか」 若い男はとりあえずというような微笑みを返した。 日中の熱を手繰りよせるように沈んでいく太陽を背にした男の影の中へすっぽりと納まって涼しげにおばあさんは、 「このあたりに初めて来た人はその道に間違って入るからすぐわかるの。駅に行くのにはもう二つ先の道を左。真っ直ぐな道がずっと続いてそれに角の様子がそっくりだから、帰り道に間違えやすいのね」 閑静な住宅街としか言いようがない単調な景色で、角ごとに咲いている花もみんな似ている。 「怪しい者ではありません。僕ね、刑事なんですよ奥さん」 男は胸ポケットから警察手帳を出して見せた。 「あら。何かのセールスマンさんかと思ったわ。じゃああれ?向こうのマンションの殺人事件を調べているの?昨日も別の刑事さんにいろいろ訊かれたけど、あっちのほうに用がある人は駅に行く道からこっちにはあんまり来ないと思うわよ」 「ああ、僕はその事件の担当じゃないんです。同じ日にこの道でOLが切りつけられた事件があったでしょう?あれをね」 「あったわね!同じ犯人かもしれないの?」 「それはまだ」 「夜中に女の人の叫び声がしたって言ってたけど私はね、もう寝ていたものだから聞いていないの。朝のニュースでも向こうの殺人事件のことしかやってなかったし、昨日お散歩に出たら騒ぎになっててびっくりしたのよ」 「切りつけられたといっても被害者の女性がとても俊敏で、逃げた拍子に塀で腕を擦りむいただけでしたからね。しかしだからといって犯人が許されるわけではない」 「そうね。早く捕まえてね」 「はい!頑張ります」 「それじゃあ」 行こうとするおばあさんを今度は刑事が引き留めた。 「あ、あの!佐野さんっていうお宅とはお付き合いありますか?事件が起きた場所の目の前のおうち」 「ええ、うちの孫とあそこの息子さんが同じ高校なの」 「さっきお訪ねしたら居留守使われたようでね」 「気が付かなかっただけじゃないの?いい人よ」 「そうですね。もう一回行ってみます。ご協力ありがとうございました」
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