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社長の箭内は落ち着かなかった。
月に一度、誰にも知られないよう注意を払いながら訪れる会員制ラウンジ。久しぶりに箭内好みの男を見つけた。二言三言会話を交わしてみる。相手の反応も良さそうだ。
キープしておいたとっておきの酒の封を切り、相手に勧める。一口含めば誘うような笑みを浮かべてきた。間違いない今夜は当たりだ。箭内自身も己の内が火照り出すのを感じた。
この酒の封は、ラウンジの奥にある宿泊スペースへのチケットだ。
ラウンジのスタッフは、箭内のテーブルにルームキーをそっと置いた。今頃宿泊スペースには、箭内が男と快適に過ごすための様々な支度が整っていることだろう。すべては箭内の意のままに、スムーズに行われていく。
だが、ここまで上手くいったのに箭内は落ち着かなかった。ひとつめについては問題ない。まるで肌の一部であるかのように常に装着されており、何の違和感もない。相手の男に外してもらうための小さな鍵は、箭内の手の中だ。
問題はふたつめ。ふたつめの施錠を解く鍵だ。
「湖山」
「はい社長」
「ふたつめを渡せ」
「ふたつめ、とは」
「──湖山」
箭内の背後に控えているのは、秘書の湖山である。ふたつめの鍵はお前が持っているだろう。早く渡せ。この男とのお楽しみが待っているのだ。
湖山は、そんな箭内の意向を察している筈だが、ふたつめとはなどととぼけた返事を寄越し、涼しい顔で立ったままである。
「どうしました? 部屋に行かないのです?」
相手の男は、せかすように箭内の手の甲をさすってくる。ああ、もうすっかり火が付いてしまった。時間がない。こんな場所では、熱くなるのも早いが冷めるのもあっという間なのだ。せっかく久しぶりに見つけた良い男を、みすみす逃したくはない。
「湖山、鍵を渡せ」
箭内は焦り気味に、秘書へ手のひらを向けた。お前が施錠したふたつめの鍵だ、とぼけるな。
今夜の男に箭内の秘処を楽しませるためには、プラグを抜かなくてはいけない。プラグはベルトによって固定されており、そのベルトはふたつめの鍵でないと解除できない仕組みになっている。
ちなみにひとつめは、箭内の前面を固定している平型貞操具の鍵だ。この貞操具は前面の膨らみをすっかり潰してしまうほどで、これを男に外してもらう時の快感と言ったら何物にも代えがたく、箭内はすっかり気に入って日頃から装着しているのだ。
箭内は、主に二輪車を製造販売する会社の社長である。
六月九日はロックの日。最近自転車やバイクの盗難事件が相次いでいることで、業界では本体のロックに加えて、リングロックやワイヤーキーなどを使って二重に施錠することを推奨している。
箭内は、社長室に入るなり湖山に羽交い絞めにされ、すべての服を脱がされ、ふたつめの貞操具を装着させられた。
「今日は二重施錠です、社長」
湖山はふたつめの鍵をスーツの内ポケットに仕舞いこむと、にこやかに笑ったものだ。
「社長が盗まれてはいけませんから」
相手の男は、部屋へ行こうとしない箭内に愛想を尽かし、すでに退席していた。この責任は、勿論湖山に取ってもらわないといけない。
箭内はルームキーを手に立ち上がった。まあこうなることは予想通りである。
Fin.
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