「視線…」

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 数年に渡る流行り病の最中の話である。夜9時以降の人手が少ない田舎では、日中の閉塞生活に飽きた者達が多く外出するようになる。 友人の“I”も、その一人であり、訳のわからない風評被害に疲れ、夜になれば、マスクを外し、軽い散歩を行う事を唯一の楽しみにしていた。 ある夏の日…冷房がない自室を憂い、コンビニで涼んだ帰り、地元市民ホールの前を通った。 このホールは、元々、貝塚などが見つかった遺跡跡に建てられたモノであり、I自身もフリーマーケットや行政手続きなどで、よく利用する。 昼間とは違う顔を見せる施設の外観…建物の吹き抜けから通る風は涼しい。 そのまま、周りを一周し、ベンチと木が並ぶ区画に足を踏み入れた時、 一番手前のベンチ、Iに最も近い所に“先客”が腰かけていた。 背筋が一気に冷えるのと、悲鳴を上げそうになるのをどうにか抑え、相手を見る。 街灯無しの視界不良と背中ごしだが、長く、横に広がった黒髪と衣服の様子から女性だとわかる。こんな人気のない夜更けに?女性が一人で?と不審と疑問が浮かぶが、恐らく自分と同じ、自粛に疲れ、涼みに来た人物だと理解する。 向こうも、夜中に人と会う状況に慣れているのか、それとも、見知らぬ男性の一挙手一同を警戒しているのか?こちらを見ようともしない。 あまり長居するのも、不審に思われる。 少し急いで、後ろを通り過ぎ、数秒後… 先刻、頭に浮かんだ疑問をそのままに、振り返る。 そのおかげでわかった。 さっきより、少し位置を変えた自身の視点は、頭部が大きすぎて、ベンチからはみ出している女性の姿をしっかり捉えたのだ。 今度は走って逃げた。絶対、振り返らずに…(終)
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