大道芸人への道 11

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 猿の太郎が、宙返りをする…  すると、太郎を見にやって来た、女子高生たちが、  「…キャー、カワイイ!…」  と、叫んだ…  その声を聞いて、太郎が、何度も、何度も、宙返りを繰り返した…  「…キャー、凄い!…」  今度は、女子高生たちを、中心に感嘆の声が上がった…  私は、ただ、太郎の首に繋いだ、ヒモを持っているだけだった…  ただ、それだけだった…  太郎が、勝手に、周囲に芸を見せていた… 「…ハイ…お代は、見てのお楽しみ…」  と、言いながら、アムンゼンが、近くで、赤い帽子を両手で、掴んで、それを、財布代わりにしたというか…  「…お代は、この中に…」  と、言いながら、集まった観客の前を歩いていた…  すると、  「…キャー、カワイイ!…」  と、今度は、アムンゼンに、女子高生たちが、声をかけた…  「…ボク、いくつ?…」  「…3歳です…」  アムンゼンが、答える…  「…偉いわね…」  女子高生たちが、アムンゼンの頭を撫でた…  「…そんなことは、ないです…」  アムンゼンが、答えると、女子高生たちが、いくらかの金をアムンゼンの持つ帽子に入れた…  「…坊や…頑張るのよ…」  「…ハイ…」  そして、なぜか、  「…お母さんを助けるのよ…」  と、続けた…  私は、驚いた…  まさか、この矢田が、アムンゼンの母親と思われているとは?  そして、それは、当のアムンゼンも、同じだった…  目を見開いて、絶句していた…  が、  さすがは、アムンゼン…  アラブの至宝と呼ばれた人物だ…  それは、一瞬…  ほんの一瞬…  わずか、一瞬の出来事だった…  普通なら、見逃すほど、一瞬だった…  が、  この矢田は、見逃さんかった…  これは、別に、この矢田が、優れているわけでも、なんでもなかった…  ただ、このアムンゼンが、この矢田と母子と見られて、どんな反応を示すのか、知りたかったからだ…  「…ハイ…お母さんを助けます…」  と、アムンゼンが、答えた…  すると、女子高生たちが、  「…偉い…偉い…」  と、アムンゼンの頭を撫でた…  私は、その光景を冷ややかに、見ていた…  私の細い目を、さらに、細くして、冷ややかに、見ていた…  なぜ、冷ややかに、見ていたのか?  それは、すでに、何度も、言ったように、このアムンゼンが、ホントは、30歳の大人だからだ…  その30歳の大人が、自分より、はるか、年下の女子高生に頭を撫でられて、嬉しがっている…  その光景は、私に言わせれば、ただのロリコン親父にしか、見えんかった…  見えんかったのだ!…  が、  このアムンゼンの外見が、私に有利に運んだ…  このアムンゼンが、自分の帽子を広げて、金を集める…  すると、どうだ?  まだ3歳の子供が、母親と共に、猿の太郎といっしょに、猿回しで、生計を立てている…  世間は、そう見たに、決まっている…  いわば、同情詐欺…  ホントは、このアムンゼンは、サウジの王族…  サウジ王家の主要メンバー…  とんでもない、大金持ちだ…  そして、それは、この矢田も同じ…  なにしろ、夫の葉尊は、日本の総合電機メーカー、クールの社長だ…  だから、とんでもない、お金持ちだ…  アムンゼンと比べれば、チンケなものだが、それでも、とんでもない、お金持ちだ…  だが、今は、そんなお金とは、無縁…  猿の太郎といっしょに、この猿回しの芸で、生活している…  これが、現実だ(涙)…  私は、猿の太郎といっしょに、街中で、大道芸を、見せた…  いや、  私が、見せたのではない…  この猿の太郎が、見せたのだ…  だから、この太郎には、感謝しても、しきれん…  それほどの恩義を太郎に感じていた…  私は、太郎の演技が、終わり、アムンゼンが、持っていた帽子の金を数えていた…  それなりの金額が、帽子の中に、あった…  私が、唸っていると、  「…矢田さん…凄いです…」  と、アムンゼンが、声を上げた…  「…オマエも、そう思うか?…」  「…ハイ…思います…」  「…そうか…だったら、まずは、太郎になにか、やらねば、ならんな…」  「…太郎さんに、なにを、やるんですか?…」  「…食事さ…腹が減っては、戦(いくさ)ができん…そこのコンビニにでも、行って、なにか、買おう…」  私は、言うと、猿の太郎と、アムンゼンを連れて、近くのコンビニに入った…  途端に、コンビニの店員が、目が点になった…  明らかになにか、言いたそうだったので、機先を制して、  「…この猿は、大丈夫さ…私の家族さ…」  と、告げた…  「…他人様に、迷惑をかける存在じゃないさ…」  私が、告げて、店内を、歩き出したが、当然と、いうか、店員は、納得した様子では、なかった…  「…し、しかし…」  店員が、私になにか、言いかけたときだった…  黒いスーツを、着た、大柄な男たちが、突然、このコンビニに入ってきた…  「…サウジアラビアの大使館の者です…」  と、言いながら、なにやら、身分を証明するものを、コンビニの店員に見せた…  「…この女性と、子供と、猿は、他人に危害を加えるものでは、ありません…」  と、言った…  店員は、文字通り、目が点になった…  なにが、なんだか、わからない様子だった…  当たり前だ…  どうして、この矢田と、アムンゼンと、太郎が、コンビニに入ったぐらいで、サウジアラビアの大使館の人間が、やって来るのか?  わけがわからんかったのだろう…  この大使館の人間たちを、見て、アムンゼンが、  「…ご苦労…」  と、一言、告げるものだから、余計に店員は、驚いた様子だった…  目が点どころか、驚愕して、言葉もない様子だった…  「…ご心配をおかけして、申し訳ありません…すぐに立ち去りますから…」  と、今度は、アムンゼンが、ペコリと、店員に、丁寧に頭を下げるものだから、この店員は、すでに頭がパニック状態だった…  なにが、なんだか、わからなかったに違いない…  私は、猿の太郎が、気に入ったものを、コンビニのかごの中に入れ、それをレジに、置いた…  動揺した店員が、手が震えながら、商品をスキャンした…  「…1500円になります…」  「…そうか…」  私は、言うと、さきほど、猿の太郎の大道芸で、得た金を、セルフレジの機械に入れた…  「…最近は、物価が高い…高すぎるゾ…」  私が、嘆くと、隣にいる、アムンゼンが、  「…仕方ありません…矢田さん…今、ロシアと、ウクライナの戦争で、世界中の物資の価格が上がってます…この日本も例外ではありません…」  と、説明した…  「…それは、わかっているが、やはり、この状況は、な…」  と、私が、言うと、  「…矢田さんの気持ちは、わかります…」  と、アムンゼンが、腕を組んで、私の言葉に、同意した…  そして、ふと、目の前の店員を見ると、まるで、卒倒する寸前のように、驚いた表情を浮かべていた…  それは、そうだろう…  誰が見ても、3歳ぐらいにしか、見えない子供が、まるで、大人のような口を利くからだ…  驚くのが、当たり前だった…  が、  私は、なにも、言わんかった…  ホントは、この矢田が、その店員に、口留めすれば、よかったのかも、しれんが、それは、この矢田以外の人間の役割…  ハッキリ言えば、サウジアラビアの大使館員の役割だった…  私と、アムンゼン、そして、猿の太郎が、コンビニの出口に向かうと、黒いスーツを着たサウジアラビアの大使館員が、さっきの店員の前に行き、  「…この件は、他言無用に願います…」  と、いう声が聞こえた…  「…エッ?…」  「…アナタは、この件を、誰かに話しては、なりません…それを、すれば、日本とサウジアラビアの外交問題に発展します…」  と、サウジアラビアの大使館員が、店員を脅した…  「…外交問題?…」  「…そうです…大げさに言えば、サウジアラビアは、日本に石油を輸出することを、止めるかも、しれません…」  「…ウソ?…」  「…とにかく、他言無用です…アナタが、原因で、日本政府とサウジアラビアの関係が悪化すれば、当然、アナタを日本政府は、許さないでしょう…」  大使館員が、宣言した…  私は、なんだか、凄いことになったと、思った…  私とアムンゼンと、猿の太郎が、たかだか、コンビニに入っただけで、まさか、これほど、店員が、脅されるとは?  わけがわからんかった…  なにより、その店員が、哀れだった…  ただ、コンビニで、店番をしていただけなのに、これほど、脅されるとは?  考えてみれば、哀れだった…  だから、つい、  「…あの店員も、可哀そうだな…」  と、呟いた…  「…可哀そう? …どうして、ですか?…」  と、アムンゼン…  「…だって、そうだろう? …たまたま、私と、アムンゼン、オマエと太郎が、この店にやって来ただけで、これほど、サウジの大使館員に、脅されるなんて…」  「…脅す?…」  「…そうさ…」  「…でも、それが、彼らの仕事ですから…」  あっさりと、アムンゼンが、告げた…  「…仕事?…」  「…ボクを、守ることが、彼らの仕事です…」  あっさりと、アムンゼンが、告げた…  そして、そんなアムンゼンを見て、私は、考え込んだ…  このアムンゼンの境遇を、考えたのだ…  アラブの至宝と呼ばれるほどの頭脳と、権力の持ち主…  サウジアラビアの王族出身で、兄は、現国王…  生まれながらの大金持ち…  おそらく、すべての人間が、自分に尽くすのが、当たり前なのだろう…  だから、今のように、私とアムンゼンと、太郎が、コンビニに来ただけで、サウジアラビアの大使館員が、動くことが、当たり前になっている…  普通は、そんなことで、わざわざ、大使館員が、動かさずとも、良いのではないか?  と、考える…  そして、そんなことのために、動いてもらって、すまないと、思う…  が、  このアムンゼンには、そういう発想はないのだろう…  生まれつき、誰もが、自分のために、動けば、それが、当たり前になってくるからだ…  私は、思った…  そして、それは、アムンゼンの性格うんぬんではなく、環境…  常人では、決して、得られない恵まれた環境だ…  だから、傍から見れば、横柄に見える…  常に、威張って見える…  別にアムンゼンは、威張っているわけではなく、いつも通りなのだろうが、他人は、そうは、見ないからだ…  それゆえ、マリアが、アムンゼンの言動を嫌う…  そんなことをすれば、みんなから、嫌われるよ…と、アムンゼンを心配しているのだ…  そして、それを、アムンゼンも、わかっている…  だから、アムンゼンは、マリアを好きなのだろう…  自分のことを、心配してくれるから、好きなのだろう…  私は、思った…  そして、このアムンゼンに限れば、それほどの地位と頭脳を持ちながらも、カラダは、小人症だから、ホントは、30歳なのだが、3歳にしか、見えない…  つくづく、人間は、不公平だ…  いや、  公平なのかも、しれんと、考え直した…  恵まれた地位と頭脳を持って生まれても、カラダは、恵まれていない…  だから、変な話、バランスが取れている…  良い面と悪い面が、ひとりの人間の中で、いっしょにあるからだ…  だから、それを、思えば、人間は、平等だ…  誰しも、すべてに、恵まれて、生まれてきたわけではないからだ…  そう、思った…  アムンゼンと、たかだか、コンビニに入っただけで、そう思った…  諸行無常…  なんとなく、この矢田の頭の中に、そんな言葉が、浮かんだ…                <続く>
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