狂弾は還らず

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     二  路地裏で、裕司はデイパックから黒い塊を取り出した。  グロック17という、ポリマーフレームを採用したオーストリア製の自動拳銃だ。口径は九ミリで、装弾数は十七発。弾倉を差し薬室に初弾が装填された状態で、CQCホルスターに納められている。安全装置はトリガーセーフティといって、トリガーの中央にさらにトリガーのような装置がある。トリガーになにかが少し引っかかっても、暴発するリスクは低い。フィリピンから持ちこまれたというグロックが納まったホルスターを、裕司は素早くベルトに通し、右腰の真横に位置を調整した。  続けて予備弾倉を二本取り出し、すでにベルトの左腰についているカイデックスホルダーに納めた。ホルスター等の装備品は、国内でもエアガンショップの店頭やネット通販で、実銃用のものを購入できる。  射撃には、自信があった。陸自での自動小銃を用いた実弾射撃訓練では、いつも上位の成績だった。拳銃を撃ったことはないが、エアガンやモデルガンで練習を積んでいる。射撃時の反動やブレ、つまりリコイルをコントロールできれば、問題はない。肝心なのは、持ち方と構え方だ。裕司は、ライフルも拳銃も、左右どちらでも構えて撃つことができる。グロックは整備を兼ねて分解と結合を何十回とくり返し、構造や特性も把握していた。作動状態も良好だ。  実銃はどう、と能書きを垂れるガンマニアがいる。しかし彼らも実際に実銃を撃ったことはなかったりするものだ。能書きを垂れる暇があるなら、エアガンでもなんでも訓練した方がいいし、銃を持って走れるよう躰を鍛えた方がいい。  心の準備など、必要なかった。裕司はいつでも、瞬時に戦いのスイッチを入れることができる。陸自では、裕司より優秀な隊員はいくらでもいた。空手では県の大会で三位になったが、裕司より強いやつはやはりたくさんいた。ただ、彼らが喧嘩で、殺し合いで強いかは、また別だ。  大学時代、競馬帰りに三人組に絡まれた。裕司は投票用のマークシートを塗るために持っていたボールペンで、ひとりの頬を刺した。ボールペンは頬を貫通し、そいつは悲鳴をあげた。金的を蹴りあげるとうずくまったので、顔面を正拳で突くと、鼻血を流しながら失神した。ひとりは逃げ出し、もうひとりはその場にへたりこみ、小便を漏らした。そいつも半殺しにした。人数を(たの)んで威圧してくるようなやつらに加える容赦を、裕司は持ち合わせていない。  殺してもいい。死んでもいい。そんなスイッチが、裕司は一瞬で入る。相手を棺桶に入れたなら、自分は刑務所に入ればいい。それでおあいこだ。  裕司は胸のジッパーを上げた。Tシャツの上に防弾ベストを着ているため少し暑いが、我慢するしかない。中身が財布だけになったデイパックは、二つ並んだポリバケツの裏に置いた。生きて出てこれたら、回収すればいい。  鼻歌をうたいながら、裕司は道路を渡り、事務所の階段を上がった。 
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