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――深夜、怪盗現る。他の美術品には一切手を付けず、無名のイエローダイヤモンドのみ持ち去る――
端正な顔立ちをした青年は新聞の文字を指先でなぞり、その手でティーカップを持ち上げた。
朝は、濃い目に淹れたアールグレイに限る。
「物騒な街に来てしまったな」
大きな独り言に、相槌を打ってくれる相手はいない。
彼は数か月前にこの街に越してきた。
少年心をくすぐる屋根裏部屋が気に入り、内見後すぐに契約した。築百年ほどの石造りのアパートは古さを感じさせるが、キィキィと音のする木枠の出窓も、緑青に浸食された真鍮のドアノブも、彼の目には美しく見えた。
キッチンや暖房はリフォームされているため、居住性も申し分ない。
青年はカップをテーブルに戻すと、足を組み直し、革張りの背もたれに身を預けた。新聞記事の少し湿った手触りが心地良い。
たかだかコソ泥一匹に“怪盗”という呼び名を与えるなんて、酔狂なことだ。
紙面には、一枚の写真が添えられている。
美術館の外観、不甲斐ない警察、満月をバックに走り去る人影。
現実のものとは思えない、狙って撮ったかのような写真に彼は口元をゆがめた。
この街は、エンターテイメントに飢えている。
滑稽な美辞麗句を、月のない夜空色の瞳が追った。
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