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「羽賀井~!!合格おめでとう!先生鼻が高いぞ~!」
「わ、わっ」
次の日、学校に報告しに行くなり担任の稲沢に抱きつかれた。周りにいた他の教員も俺に気がつき声をかけてくる。
「良かったわ、羽賀井くん。卒業式の日は、あんまり元気なかったみたいだから、心配していたのよ」
「え……」
「前期日程終わったあとだっただろ、他にも自信なさそうな生徒はいたが……お前は特にひどかった」
「そうそう。でも杞憂に終わって良かったわね。本当におめでとう」
ワイワイと話す教師たちの話を聞きながら少し恥ずかしくなった。
……俺、そんなに顔に出ていたのか。
「そういや、お前と仲がいい森ノ宮も、志望校受かってたな」
「玲二ですか?ほんとうに?」
「なんだ、聞いてないのか?……まあ、お互い受かってないと辛いもんだからな。今からでも連絡したらどうだ?」
稲沢がそう言ったとき、スマホのバイブが震えた。『玲二』の表示が見えたので、思わず笑った。
「タイミング良すぎだろ」
俺は、担任始め、教師たちにお礼を言ったあと玲二に電話をかけた。
*****
「千早!」
「玲二」
受かったんだなぁ~~!!と、会うなり玲二は俺に抱きついてきた。
玲二の家にくるのは久しぶりだ。
玲二の家は結構な金持ちで、家に使用人がいると聞いたときは、俺なんかが友達になってよいものだろうかとしばらく悩んだこともあった。
だが、玲二はそんなこと全然感じさせない自然体な奴で、俺の家のことも全然普通に受け入れてくれたのだ。
「玲二さん、こちら、玲二さんと千早さんへの合格祝いです」
「えっ?」
玲二の部屋に入ろうとしたとき、使用人がガラガラとキャスターを引いてきてそう言った。
「わーうまそー」
「えっ、え?ちょっと、玲二、」
「お祝いのケーキです。系列店のシェフが仕上げてくれました。切り分けましょうか?」
「うん、ありがとう。頼むよ」
「畏まりました」
使用人はそう言って丁寧に皿にケーキを盛り付け始めた。
俺は玲二の首根っこをつかみ、「おい」と聞く。
「なに?千早」
「なに、じゃないだろ、あんな高そうなケーキ……。お前のためだろ?俺は、もらえないよ」
「いやいや、あのデカさのホールケーキ、俺ひとりで食べろと?千早、俺を太らせたいの?」
「……そういうわけじゃ」
「食べてってよ。千早は俺の大事な人なんだって家族にも話してるんだからさ」
な!と言って、玲二は俺の背中を押し、テーブルの椅子に座らせた。
目の前に出されたおいしそうなケーキに、俺はそれ以上、拒否することなどできず、ありがたく玲二と一緒に頂くことにした。
「……そろそろ帰らないと」
ケーキをもらったあとは、玲二といろんな話をした。
試験の日の話、卒業式でのクラスの話、合格発表日、家族総出でインターネットに張り付いて発表の時間を待ったという玲二の話を聞いたときは羨ましかった。
俺はひとりで結果をみた。
自分の部屋のスマホで、ただ静かに。
一緒に合格を喜んでくれる人がいるなんて、玲二の家族は素敵だな。
こんな良い家族だから、玲二もきっと良い奴なんだろう。
「泊まってもいいよ?寝巻きとかあるし。もう勉強しなくていいよな」
「……それも楽しそうだけど。ごめん、また今度にする。今日は帰って確認したいことがあって……」
「確認したいこと?」
俺は、正直に玲二に話した。
今日、駿介がちゃんと大学に費用を振り込んでくれたのかどうか。
それをちゃんと確認しないと不安が拭えなかった。まさかとは思うが……万が一があったら笑って済まない。
「そっか……そりゃ不安だな」
「だろ。ひとまず、控えの現物があるか……確認してくる」
俺は、荷物を肩にかけた。玲二に「今日はありがとう」と言って数歩進みだしたところでーーぱしっと腕をつかまれた。
「……玲二?」
「……千早、あのさ。その、一緒に暮らしてる叔父さん?……加賀さんだっけ」
「うん。加賀駿介……」
「千早さ、大分最初のころ……俺にその加賀さんと住んでるって教えてくれたとき、その……教えてくれたよな」
「…………」
「『俺は、叔父さんのことが好きだ』って。あれって、今でもまだ、そうなの?」
「……っ、え、」
俺は焦って玲二を見た。玲二は俺の腕をつかんだままこちらを見ている。
……確かに、まだ高校1年のときだったか、俺は玲二にカミングアウトした。嫌われるかもしれないと思ったけど、玲二は受け入れてくれた。……はず。
「……えっと、なんで今それ聞くの?」
「いやだって、千早こないだ言ってたじゃん。卒業したら家出るって。それって、もう加賀さんのことは諦めたから?」
「…………諦め、たわけじゃないけど。駿介さんにとって俺はただのお荷物だから。離れれば気持ちも薄れるかなって」
「離れれば、ね……。一人暮らしするとして、そのお金はどうするつもりなの?」
「……2年間バイトして貯めたお金と、両親から俺用にって、最初に親戚からわけてもらった貯金があるから、それで……」
玲二は俺の話をじっとこちらを見て聞いている。……なんだ?なんで急にそんな話するんだよ。
「玲二?一体どうした?」
「……それで、学費だけは加賀さんに出してもらうつもり?」
「!……うん。さすがに学費全部はキツいから……」
公立だったら出してくれるという約束だったし、と付け足しながら若干不安が募る。
玲二はそんな俺の腕を一度離した。
そして、少ししてから距離を詰め、そっと俺を抱きしめるように腕で囲い込んだ。
「!?玲……っ」
「あのさ、千早」
「?ど、どうしたんだよ」
「これは、提案なんだけど」
俺をギュッと抱きしめながら、玲二は明るく言った。
「4月になったら俺と暮らさない?ほら、ルームシェア。その方が、費用も家事も……色々半分ずつの負担になるからさ」
玲二の突然の提案に、俺の目は点になった。
確かに、玲二と俺の大学はわりと近い。中間あたりに住めば可能かもしれない。
「返事は今日じゃなくてもいいよ。5月からでも6月からでもいいから」
という玲二の言葉を、俺は一度持ち帰ることにしたのだった。
*****
「……駿介さん?」
家に帰ると真っ暗だった。駿介は外出しているのだろうか。俺はパチ、と明かりをつけて部屋にはいる。
リビングには誰もいなかった。
荷物を床に置いてすぐにテーブルの上を見た。するとそこに、一枚の小さい紙が置いてあった。
「これ……」
それは昨日俺が駿介にお願いした大学費用の振込済みを示す控えだった。
ーーちゃんと払ってくれたのか。
俺は椅子を引いて座り、その紙を握りしめながらはぁ~っと長く息を吐いた。
……良かった。これでひとまず入学できる。
あとは、毎期ごとに授業料を振り込んでもらうだけ……。
もしほんとうに玲二とルームシェアしたら、初期費用も家賃や生活費も抑えられそうだ。
俺はテーブルに突っ伏しながら、4月からの大学生活をどう過ごすか頭の中でずっと考えていた。
「ーーおい、こんなとこで寝る奴があるか」
「!!」
ガバッと顔を上げると、駿介が立っていた。
い、いつのまに帰ってきた?全然気がつかなかった……。俺が「今帰りですか」と声を絞り出すと駿介は思い切り顔をしかめた。
「はあ?俺はずっと自室にいた。お前、合格したからって急にアホになったのか?」
「え、……す、すみません。暗かったのでいないのかと」
「締め切り終わったんだ、寝ててなにが悪い」
「いえ、……ごめんなさい」
「まあいいわ。で?金なら振り込んだぞ」
駿介はソファーにボスっと座り込みそう言った。俺は椅子から立ちあがって、駿介の側まで回り込む。
「あの、駿介さん」
「あ?」
「お話が、あるんですけど」
「なんだ」
「……その、大事なことがいくつか……」
駿介の前に立ち俺がそう言うと、駿介は数秒考える素振りを見せたあと、スッと立ちあがった。
「あ、あの」
「ちょっとタバコ吸ってくる。お前、その間にコーヒーでも用意しておけ」
俺、今日アルコールは飲まねぇから、と言い駿介はさっさとリビングを出て、玄関も出ていった。
…………話、聞いてくれるってことかな。
俺は少しドキドキしながら、駿介に言われた通り、コーヒーを淹れようとお湯を沸かし始めた。
「それで?」
駿介は10分ほどで戻ってきてまたしてもソファーに堂々と座り込んだ。コーヒーが冷める前で良かったなと思いながら、俺はローテーブルの上にコーヒーを2人分出す。
「えっと、その。まずは今日、振り込みしてくださりありがとうございました」
「あぁ」
「……それから、14の俺を引き取って、これまで面倒みてくださって、ありがとうございます」
「……ふん」
「それから、……お願いがあるんですが」
「なんだ」
「……大学の学費……4年間分は出してもらえないでしょうか。学費以外の諸経費は、自分でなんとかしますから。……もう奨学金の締め切りも過ぎてて、かといって俺が払える額でもないし……」
「はぁ。あのなぁ、そんなことわかってんだよ。ガキには金銭面でなんも期待してない。約束通り公立受かったんだから、学費は出す」
駿介がそうハッキリ言ってくれたのを聞いて、俺はひとつ肩の荷が下りた。
「大体、ガキに金のこと言われんの俺めちゃめちゃ腹立つから今後一切言うな」と釘を刺されたけど。
「わかりました……」
「……で?それでおしまいか。お前の大事な話ってのは」
俺が淹れたコーヒーに口付けながら、駿介が話を終わらそうとしたので、俺は慌てて声を上げた。
「いえ、あの、まだあります」
「……なんだ。礼とか金とかはもうやめろよ」
「違います。そうじゃなくて……」
なんだよ?という視線を向けてくる駿介に、俺は覚悟を決めて向き合い、ゆっくりと話した。
「俺、駿介さんが、好きです。……だから、4月になったら、高校の友達とルームシェアして、この家を出ようと思います」
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