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【side 加賀駿介】
ーー「だから」の接続詞がおかしいだろ。
そんな日本語使う奴が、よく難関大学に受かったな。
俺は、目の前でアホなことを抜かしやがった甥っ子である千早を睨み付けた。
ビクッと、奴が警戒しているのが見てとれる。
……いや、こいつ今「だから」の前に爆弾的な発言をしたよな。だから、俺はその接続詞がおかしいと思ったわけで。
千早が淹れたコーヒーカップをテーブルに置き、俺は腕と足を組みながら千早に言った。
「文法がおかしくて、お前が言ってる言葉の意味がわからない」
「………だから、この家を出ます」
「だから?だから、何故そうなる」
「だから……俺は、駿介さんのことが好きで」
「だったら出ていく必要ないだろ。俺のことが好きなんだったらここにいればいい。ここからでも通える大学にしたのは、そのためだろ」
俺がそういうと、千早は黙ってしまった。「でも」と時折小さくなにかを呟きながら。
「……千早」
「……はい」
「俺はこの4年……お前に甘かったか?姉さんみたいに」
「……いいえ。いつも厳しかったです」
「……そうだよな。仕事が忙しいときは、よく放置もしてた」
「幼児じゃなかったし、別に……ごはんも風呂も、自分でできました」
「ふん。そうだったな」
千早は、なにを考えているのか?
俺を好きというくせに、家を出るという。ガキの考えることはなんというか……。浅すぎて理解できない。
「……とにかく、大学生にもなって駿介さんに、面倒みてもらうのは違うと思ったんです。自分のことは自分でしようと」
「千早、その心意気は素晴らしいが……自分のことは自分で、という奴が一人暮らしではなくルームシェア?それは一体どういうことだ」
千早に、ルームシェアするほど仲の良い友達がいたのか?それは、本当に『友達』なのか。
俺がそう聞くと千早は、高校のクラスメイトである『森ノ宮玲二』という人物の話をし始めた。
クラスがずっと一緒で、一緒にいると楽で、自分の家庭環境も受け入れてくれて、実家は金持ちのボンボン……。
そんな友達の存在、俺は今初めて聞いたがな。
「……だって、駿介さんは、俺の交遊関係なんて興味なさそうだったから」
「ルームシェアできるくらい親しい奴がいたんなら言えよ。姉さんだって、知りたいはずだぞ」
俺がそう言うと千早は「ごめんなさい」と素直に言った。
だが…………それとこれとは別問題だな。
「千早」
「?駿介さ……、っ!?」
名前を呼び、こちらを向いた千早の身体をソファーの上に押し倒し、俺は跨がるようにして仰向けになる千早を見下ろした。
「ーーえ?あの……し、駿介、さん?」
「友達、の話はわかった。だが、俺はもとからお前を手放す気はない」
「……!?な、なにを言って……駿介さんは、俺がいないほうがいいでしょ?俺がいなかったら好きな女の人だって家に呼べるし、食費も雑貨もかからない」
「は?どうでもいいわ、女なんて」
「どうでも、って……」
「そんなことより、俺は、お前を14のときに拾ってようやく18まで育てたんだぞ。これからってときに、なんでお前を手放さなきゃいけねーんだよ」
「……………え?」
まるで危機感のない千早の顔を見ていたら、ひどくムカついてきた。
俺はそのまま押さえつけた千早の首もとに唇を寄せる。「えっ」という驚きの声も無視して、千早の首をベロっと舐め上げた。
「っ、ひぃっ」
「……なんて声出してんだよ。驚かせてるわけじゃねぇから」
「!?いや、ちょっ……ま、駿介さん!い、意味が……俺には意味が理解できないんですけど…………!!」
千早はそう泣き叫ぶように声を上げた。
「意味?……わかんねぇのかよ。18にもなるのに」
「……!わ、わか……」
「俺はずっと、待ってたんだけど」
姉さんと、義兄さんがいなくなったあの日から。
千早を引き取ったあの日から。
俺はずっと、この少年が大人になるのを待っていた。
「……ど、どうして?」
千早は、顔を赤く染めながら不安でいっぱいな瞳を俺に向けてくる。
ーーあぁ、その瞳。やっぱりそっくりだ。
本当に良かった、お前が俺の嫌いな男に似ていなくて。
「駿介さん……?」
千早は、その瞳を俺に向け続ける。
……もう、このあたりが限界か。
千早が俺を好きだと言っているうちに、ルームシェアなんてバカげたことをしでかす前に、こいつを手に入れなければ。
「千早」
「……?」
「俺も、お前が好きだ」
「え……っ」
一瞬、千早が嬉しそうな顔をする。俺はそれを見て、全て吐き出すように言葉を続けた。
「お前は、俺の初恋の人の子供だった。どうあがいても手に入らない初恋の……俺が大好きで愛してた姉さんの子供なんだよ」
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