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実の姉に恋をしてはいけない。
そう知ったのはいつだったか。
俺は、子供のころいつも年の離れた姉の世話になっていた。姉は、俺よりも9つも年が上で、俺にはいつも『大人のお姉さん』のように見えた。
それはたぶん、常に近くにいて安心できる存在で、言ってみれば、きょうだい愛というもので。まあ、俺は、かなりのシスコンという自覚はあった。
だけど、さすがに生きていれば徐々に学んでいくわけで。恋愛というものは、他人による男女の間で成り立つものであるとか、それ以外のマイノリティは、世間から弾かれる。ようは世間では認められずらいことだと。
俺はそれを知ったとき、自分の気持ちは間違っても誰かに知られてはいけないものだと確信した。
他人であっても、友達であっても、ましてや両親や姉本人になんて論外だ。俺のこんな気持ちが知れたらそれこそ家族は崩壊する。
やがて、俺が高校生になる直前、姉は3つ年上の羽賀井という男と結婚した。
両親は男が、かなりしっかりした人間であるとわかると『相手が娘で申し訳ないくらい』だといいながら結婚を喜んでいた。だが、俺はそれを腸が煮えくり返る気持ちで聞いていた。
ーー姉さんに手を出してきた男に、なんでこっちが頭を下げるような真似しないといけないんだ。ふざけんな!
だが、羽賀井という男はどこを切り取っても膿のひとつも出てこないような奴で、俺は逆に気持ち悪かった。
外面がいいだけで、家では姉を虐げていたりしないのか、と疑ったりもした。
だけど、会うたびに幸せそうな姉を見ていたらそんなことを考えている自分が異常なのだと、思い知らされた。
そして、姉の結婚から少しして産まれたのが、千早だ。
今から18年前。俺は高校生だった。
柔らかくてふにゃふにゃで小さな命の誕生に、俺はそれで初めて、姉がもう、自分の『姉』だけではなくなってしまったのだと自覚したのだ。
『ーーやめておきなさい。お前にはお前の人生がある。私たちはもう高齢だが、千早は赤ちゃんではなく、中学生だ。成人を迎えるくらいまでなら、私たちのもとでなんとか育ててやれる』
その小さな命の誕生から14年後。
当時30歳だった俺に、両親はそう言った。
両親はきっと、俺にも普通に結婚してほしかったのだろう。千早を引き取ることで、それが息子の重荷になることを渋っていた。
でも俺は、そんなことはどうでもよかった。ただ、知りたかった。
大好きだった姉さんが産んだ子供が、あの赤ん坊だった千早が、中学生になり、なにを見てなにを考え、なにが好きで、どういう人生を歩んでいるのかーー。
半ば強引に話を進め、久しぶりにあった千早は、姉さんの面影を残していた。
ーー俺はこいつを、姉さんの子供だから引き取った。姉さんの大切な子供を……千早の成長を、近くで見届けようと思った。
なにより、両親を亡くし塞ぎこんでしまっている千早を、他の誰かの元に行かせたくはなかった。
これは、歪んだ感情か?
姉さんに向けられなかった気持ちを、その子供に向けているだけだと。
ーーだけど、
『……駿介さん』
と、一緒に暮らしはじめて2ヶ月くらい経った頃、たどたどしく初めて千早に名前を呼ばれたとき、俺は。
俺は、千早が、姉さんの子供だとかそういうことは関係なく、ただ真剣に、大人になるまで見守ってやらなければいけない存在なのだと、心の底からそう、思った。
「……駿介さん、は……母さんが好きだった、んですか……」
「そうだ。ただのシスコンじゃない。それ以上の感情を抱いていた。軽蔑するか?」
「……いえ。でも、じゃあ……俺のことは……」
俺の下で、千早は瞳を揺らしながらこちらを見る。……こいつは18になってもスレないな。俺が高校生の頃なんか、アホみたいに荒れてたのに。
「お前は、姉さんの子供だから引き取った。それは間違いない」
「………好き、……だったから?母さんが。俺、父さんより母さんに似てるって、よく言われてた」
「……似てるよ。俺をよく世話してくれてた頃の姉さんに」
「俺のことが好きなのは………母さんの子供だから?」
『母さんの子供』
千早は、今にも泣き出しそうな目をしている。
ーー泣くんじゃねぇよ。
俺は一度身体を起こし、千早から離れた。
「そうだな。そりゃ普通に、甥っ子はかわいいもんだろ」
「……そ、そういう話では、ない、ですよね。俺は……駿介さんが、好きなんです。駿介さんは、……俺が母さんの子供じゃなかったら、好きじゃないんですか……?」
「千早」
……最早、手遅れか。
ポロポロ涙を流す千早を見て、俺は頭を抱えた。
なんでお前は、そんな純粋に俺を見るんだ。
お前がそうやって俺を見るから、俺はお前に『姉さんの子供』以上の感情を抱いてしまう。守ってやらなきゃいけない存在なのに。
ーー決して抱いてはいけない気持ちを。
もう二度と、初恋のようなあんな苦しい思いは、したくないのに。
「……駿介さん」
「…………」
「なにか、言ってください」
「……はぁ、」
「俺、……俺の初恋は、駿介さんです。……なんだかんだひとりになった俺のそばにいてくれて、ずっとすごく救われてた。好きだな、って思うようになって……」
「……初恋?」
ーーまたなにを理解不能なこと言ってやがる。こいつはまだ、好きの意味がわかってない。
千早は、両親を亡くしたあと、引き取ってくれて自分の居場所を作ってくれた俺に感謝してるだけ。拠り所をなくしたとき、俺がたまたまいただけ。
それを恋と勘違いしているだけ。
ーーでも………俺にはそれで、そのくらい勘違いされていた方が都合が良いのかも。
「じゃあ聞くけど、千早……お前はさ」
「……はい?」
「俺のことが好きって、どういう意味で?」
「えっ?……あの、だからそれは……」
俺は、千早の唇に指を這わせながら聞いた。
心臓が鳴る。
ーーやめておけ、という頭の中の警告が鳴りやまない。
なのに身体は、正直に反応する。
「……っん、」
「……したい?俺と、こういうこと」
「!?ちょっ……待っ、待って、駿介さ……」
「嫌なら拒めよ」
ぐっと顔を近づけ、戸惑いを感じさせる前に唇を重ねた。
身体中の血液が、ドクドクしている。
こんなに気持ちが高ぶるのは、初めてかもしれない。
千早に触れながら、俺は思った。
……あつい。でも、もう、子供の体温ではない。
「し、駿……」
「なんだ」
「へ、変になる……俺、キスもしたことない……」
はぁ、と甘い吐息を漏らしながら、千早はギュッと目をつむった。
「…………悪い。ファーストキスが、俺か?」
「……はい。………………でも、悪くないです。……駿介さん」
千早がまた俺に問いかける。
不安と、期待と、どこか寂しさが入り交じったような瞳で。
「俺のこと、母さんのことは関係なく……好きですか?」
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