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「魔法はあの、不思議な現象を起こす魔法だとしてさ。羊毛フェルトって何?」
僕が首を傾げていると藤咲さんは盛りだくさんなテーブルの上から箱を引っ張り出してきた。それは温かみのある木箱で、他にも針や糸など色んな道具が仕舞われている。
「こういうふわふわの羊毛をニードルを使って形を整えて、マスコットとかブローチが作れるの」
「へえー?」
そう言って僕にまだ形の整えられていない黄色の羊毛を手渡してきた。
すごいふわふわだ。糸もなしにこのふわふわに形を与えることができるんだろうか。
藤咲さんが手にしたニードル……縫物の針よりも太くて長い針でこの羊毛の形が変わっていくなんて想像できなかった。
僕がまだ理解できないという顔でいると藤咲さんがくすくすと笑う。
「やってみよう。それと、このフェルトは普通の羊毛じゃないんだ。金羊毛の毛からできてるの」
「金羊毛?」
聞きなれない言葉に僕はまた首を傾げる。
「羽の生えた羊のこと。だからね特別な力が宿ってるの」
「特別な力って?」
「それは……作ったら分かるよ」
そう言って、いたずらっ子のように笑った。どうやらお店で売っているような材料とは一味違うらしい。
僕は羽の生えた羊なんて見たことない。だけど藤咲さんが言うと本当にいるんだろなって思った。
「じゃあ、準備しよっか。ニードルが指に刺さると危ないから利き手じゃない方に指サックしてね」
「うん、ありがとう」
僕は皮でできた指サックを左手の人差し指と親指に装着した。
今まで体験したことのない作業にワクワクする。図工や家庭科の時間にもやったことがない。
「最初はたまごの形を作ってみようか。作業はね、周りの物が傷ついたりニードルが折れないようにこのフェルティングマットの上でやるんだ」
そう言って藤咲さんが手渡してきたのは発泡スチロールの分厚い板だった。
「黄色の糸をくるくると丸めて……。ちょっと何カ所かニードルで刺してみて」
「え?どこでもいいの?」
突然の指示に僕は慌てる。初めてやることだ。失敗したらどうしようと思った。しかも藤咲さんの前で……。
そんな不安をよそに藤咲さんが「うん、いいよ」と優しく言ってくれたので僕は何とかニードルを動かすことができた。
プスプス。
綿を針で刺しても何の感触もしないだろうと思っていたら確かな手応えがあった。
「あっ!」
僕が作業しているすぐ横に座っていたノアがわざと声を上げる。失敗してしまったのかと思って手を止めた。
「ノア。水上君の邪魔しないの」
「へへん!いいだろ別に」
何だ……わざとか。僕は少しだけノアを睨むと再び金羊毛フェルトに目を向ける。
「あれ……?固まってる!」
なんと、あのふわふわで何の形にもならなそうな羊毛フェルトがたまご型のままで固定されていたのだ!
「え?どうして?もしかして、魔法?」
僕が感動していると笑顔をそのままに藤咲さんが首を横に振った。
「ううん。ニードルに返しがついていてね。それが繊維を絡ませて固定化させてるんだよ」
「魔法だよ」って言ってくれるのを期待していたのに。僕は一人で少し残念な気持ちになる。でも、こういう手芸も魔法みたいなものかもしれないと思い直した。だってあっという間に素敵な作品になっちゃうんだからね。
「ニードルを刺せば刺すほど固くなるんだ。だから、自分で柔らかさを調整できるの。鞄に付けるマスコットにするなら固め。お家で飾る用なら柔らかめで作るとかね」
「ふーん。なるほどねえ……」
僕は呟きながらニードルを無心で刺した。時々全体のバランスを考えながら向きを動かしたりして。
プスプスプスプス……。
ふわふわで形すらなかった金羊毛フェルトが僕の手で形作られていくのは見ていて面白かった。
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