1.金羊毛のニードルフェルト

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 時々押さえていた左手にニードルが刺さってヒヤッとした。そのたびにノアがニヤニヤするのがちょっと嫌だった。僕の指は指カバーのお陰で無傷である。 「できた!」  僕が声を上げると藤咲さんが優しい声色で続きを教えてくれる。 「くちばしと翼のパーツは作ってあるからニードルで刺して取り付けてね」 「ありがとう。黒いのは目だよね?」 「うん。さし目は接着剤で取り付けてね」  これ、さし目っていうのか。僕は手の中でさし目を観察した。その名の通り、突起(とっき)を下にして差し込めば、なるほど。可愛らしい黒目になる。  僕が驚いた顔をしていると藤咲さんは楽しそうに笑った。  引き続き真剣に作業を進める。  特にさし目を取り付けるときは全神経を指先に集中させた。 「……よし!できた!」  目を取りつけ終わると、大きく深呼吸する。無意識に息をするのも忘れてたみたいだ。  ひよこのマスコットの完成だ! 「わあ!すごいね!水上君、手先が器用なんだ」  藤咲さんが手をパチパチと叩いて褒めてくれる。何だか照れくさくなって、頭をかく。 「そうかなー?」 「全然綺麗な丸じゃねえし!目だってずれてないか?」  机の上からノアが喜ぶ僕を蹴落とすようなことを言う。 「ノア。そういうこと言わないの。気にしないで。本当に上手にできてるから」 「あははは……。ありがとう藤咲さん」  今まで手芸なんてやろうと思ったことないけど、細かい作業も結構楽しいななんて思った。作品が出来上がった時の感動はサッカーでゴールを決めた時、徒競走(ときょうそう)で一位を取った時と同じぐらいの爽快感がある。 「カバンに提げられるようにボールチェーン付けておくね」  藤咲さんは僕の手から出来上がったひよこを手にすると、手際(てぎわ)よくボールチェーンを取り付ける丸い形をした金具……丸カンというものを取り付けてくれた。  こんな金具にも名称があるんだなと僕は一人で感心(かんしん)する。  針と糸がひよこのお尻から頭を貫通させていくものだから、ひよこが痛がっていそうだと思った。 「丸カンからボールチェーンを取り付けて……はい!完成!」 「すごい!ありがとう藤咲さん。本当に魔法みたいにすぐにできるんだね」 「ふふっ。実はね……魔法はこれで終わりじゃないんだ」 「え?」    僕が詳しく聞く間もなく、藤咲さんが窓の外を指さす。 「あ!雨やんだみたいだよ」 「本当だ!やばっ。もうこんな時間か……お母さんに(しか)られる!」  そうだ。早く帰らないと。僕はひよこのマスコットをポケットに入れる。リュックサックを背負うと、足をゆっくり動かしながら玄関へ歩いた。 「藤咲さん、今日は本当にありがとう!学校で会ったらまたよろしくね!」 「うん。私こそ!水上君と作品を作ることができて楽しかったよ。良かったらまたうちに遊びに来てね」 「もう二度と来なくていいからなー。へぶっ!」  ノアの口元を藤咲さんの手が覆う。その光景が可笑しくて、僕は笑いながら手を振った。
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