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時々押さえていた左手にニードルが刺さってヒヤッとした。そのたびにノアがニヤニヤするのがちょっと嫌だった。僕の指は指カバーのお陰で無傷である。
「できた!」
僕が声を上げると藤咲さんが優しい声色で続きを教えてくれる。
「くちばしと翼のパーツは作ってあるからニードルで刺して取り付けてね」
「ありがとう。黒いのは目だよね?」
「うん。さし目は接着剤で取り付けてね」
これ、さし目っていうのか。僕は手の中でさし目を観察した。その名の通り、突起を下にして差し込めば、なるほど。可愛らしい黒目になる。
僕が驚いた顔をしていると藤咲さんは楽しそうに笑った。
引き続き真剣に作業を進める。
特にさし目を取り付けるときは全神経を指先に集中させた。
「……よし!できた!」
目を取りつけ終わると、大きく深呼吸する。無意識に息をするのも忘れてたみたいだ。
ひよこのマスコットの完成だ!
「わあ!すごいね!水上君、手先が器用なんだ」
藤咲さんが手をパチパチと叩いて褒めてくれる。何だか照れくさくなって、頭をかく。
「そうかなー?」
「全然綺麗な丸じゃねえし!目だってずれてないか?」
机の上からノアが喜ぶ僕を蹴落とすようなことを言う。
「ノア。そういうこと言わないの。気にしないで。本当に上手にできてるから」
「あははは……。ありがとう藤咲さん」
今まで手芸なんてやろうと思ったことないけど、細かい作業も結構楽しいななんて思った。作品が出来上がった時の感動はサッカーでゴールを決めた時、徒競走で一位を取った時と同じぐらいの爽快感がある。
「カバンに提げられるようにボールチェーン付けておくね」
藤咲さんは僕の手から出来上がったひよこを手にすると、手際よくボールチェーンを取り付ける丸い形をした金具……丸カンというものを取り付けてくれた。
こんな金具にも名称があるんだなと僕は一人で感心する。
針と糸がひよこのお尻から頭を貫通させていくものだから、ひよこが痛がっていそうだと思った。
「丸カンからボールチェーンを取り付けて……はい!完成!」
「すごい!ありがとう藤咲さん。本当に魔法みたいにすぐにできるんだね」
「ふふっ。実はね……魔法はこれで終わりじゃないんだ」
「え?」
僕が詳しく聞く間もなく、藤咲さんが窓の外を指さす。
「あ!雨やんだみたいだよ」
「本当だ!やばっ。もうこんな時間か……お母さんに叱られる!」
そうだ。早く帰らないと。僕はひよこのマスコットをポケットに入れる。リュックサックを背負うと、足をゆっくり動かしながら玄関へ歩いた。
「藤咲さん、今日は本当にありがとう!学校で会ったらまたよろしくね!」
「うん。私こそ!水上君と作品を作ることができて楽しかったよ。良かったらまたうちに遊びに来てね」
「もう二度と来なくていいからなー。へぶっ!」
ノアの口元を藤咲さんの手が覆う。その光景が可笑しくて、僕は笑いながら手を振った。
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