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 赤月隆二は副社長室で頭痛薬が届くのを待っていた。アカツキ製薬の製品が効かないので、街のドラッグストアで買ってくるよう命じた。役員の身の回りのことは秘書が対応するのだが、隆二担当の秘書は、退職届を出して有給休暇の消化に入っていた。ふざけやがって。俺が会社を守るためにこんなに苦しんでいるのに、助けるどころか逃げ出すとは。庶務課の社員が、代わりに買いに行ってくれたはずだ。 「失礼します」  と女子社員が入ってきた。彼女がマスクをしているのを見て、隆二は慌てて机の上のマスクを取った。COVIT―19とWHOが命名した、新型コロナウイルスが日本でも蔓延し始めた。県内に感染者第一号が出たということで、社内でも常時マスクを着用するよう通達が出たところだ。 「ご注文の頭痛薬です」  と薬のパッケージを差し出して、彼女は深々とお辞儀をした。 「副社長、お加減はいかがですか?」  入社二、三年目くらいか? 若い社員の優しさが今の隆二には沁みた。 「ありがとう。頭痛がひどくて、座っているのもつらい」  隆二は喋りながら、薬をお茶で飲み干した。ふうと大きな息をつく。 「ウチの頭痛薬、あれは失敗作だな。研究所の連中は何やってるんだ! どいつもこいつもまともな仕事一つしやしない。そんな連中の尻を叩いて数十年、もう疲れたよ」 「ご苦労さまです」  神妙に頷く彼女に、隆二は思いをもっと話したくなった。 「私の苦労を誰も分かっちゃいない! ようやく利益が上がるところまで漕ぎつけたら、トラブルでおじゃん。出張から帰ってきた社長が無茶ぶりする。そのたび裏で走り回るのは私だ! 今回の問題でも、地元のマスコミや県庁の役人と泥くさく交渉するのは私だ。社長は海外や東京を飛び回る。そんな見栄えのいい仕事の裏には、誰かが汚れ仕事をやらなくちゃならんのだ!」 「他の役員、幹部の方は、何をしているのでしょうか?」  女子社員の言葉に、隆二は頷いた。そうだ! なぜ、いつも俺ばかり苦しむ。先代の時は、そんなことはなかった。みんな一致団結して難局に当たっていたはずだ。先代の力が欲しい。父よ、あなたはどうやってピンチを切り抜けてきたのですか?
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