大先生とポルシェ

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大先生とポルシェ

 僕の人生における『先生』は、とある分野で世界的に有名な人で、テレビにでたり本を出したりととても精力的な方である。  定年で勇退してからも引っ張りだこで休む暇もなく働いている。大変に甲斐性のある、といっては失礼かもしれないが、とにかく大先生である。  もう随分と前の事になってしまったが、下の子が一歳になった頃、家族で先生にご挨拶に伺った。実は妻と僕はその先生の元で知り合い、互いにゆるーく研鑽しあった仲である。だから先生には足を向けて寝られない、仕事どころか嫁さんまで世話になった。  そんな訳で、僕と妻が深々と頭を下げまくる挨拶を経て席に付き、近況報告や仕事の塩梅はどんなもんかと話をしている中で、ふと、先生から『最近ポルシェを買った』という話が出た。残念ながら僕も妻も車というものに興味が薄いので、詳しい事は分からないが高級車だという事は流石に知ってる。丸くて平べったくて速くてカッコいいやつ。それくらい。  いやー夢でさ、なんて、少し照れ臭そうに話す大先生。せめて雑にならないようだけ気にしながら頷き、相槌を打つ我々夫婦。先生が余りにも嬉しそうに語るので、僕達もなんだか嬉しい気持ちになったのだが。 「今迄はちょっと難しかったからさぁ」  先生は子沢山である、車は人数が乗れるものを選んでいたのだろう。 「カミさんと約束しててさぁ」  おしどり夫婦なのだ、定時連絡も欠かさない良き夫である。 「ずっと前から決めててさぁ」  …………………。 「お金どっから出すかも…」  いやながくね?  稼ぎの少ない僕のような小市民からみれば、先生はセレブでハイソなお貴族様である。世界の大先生が、ポルシェを購入した『言い訳』を、僕のような庶民に延々と語っているのだ。  買いなさい買いなさいよ、2台でも3台でも買いなさいよ。アンタそんだけ働いてきたんだから、誰も文句言えないでしょうよ。もし悪く言う奴いたら先生の世話になった奴みんなして闘いますよ。  真に失礼ながら、帰りの車の中で妻と大笑いしてしまった。僕の先生は『人間』である。先生が僕の先生で本当に良かった。  本当に本当に本当に失礼な事だが、そんなつまらない出来事で、僕は先生を過去イチで尊敬したのだ。
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