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「どこまで行くのかしらね。」
「、、、解らない。」
ぼそりと答えた。
タクミと、ヨウコは、今日の朝から、車を走らせていた。
地道を走って、今、高速に入ったところだ。
タクミの車の前には、タクミの妻のマリコの乗った車が走っている。
「でも、本当なの?マリコさんが、他の男と駆け落ちしたなんて。」
「事実、今こうやって、マリコの車が目の前を走っているじゃないか。運転してるのは、その男だろう。」
「でも、駆け落ちじゃなくて、何か理由と言うか、目的があるんじゃないのかな。」
「もし、そうでも、その理由が知りたいんだ。」
タクミは、マリコが今日と言う日に家を出ることを、マリコの手帳のメモで知って、ヨウコに頼んで一緒に追いかけて貰うことにしたのである。
一人じゃ、何故か不安だったのだ。
「でも、休憩も無しで、よく走ってられるね。あたし、どうも、トイレに行きたくなってるんだけど。」
「解った。じゃ、次のサービスエリアに入ろう。なに、高速だから、スピードを上げたら、じきに追いつけるさ。」
「あ、ちょっと待って。マリコさんの車も、サービスエリアに入るみたいよ。」
「じゃ、ちょうど良かった。」
そして、タクミは、少し離れたところに車を停めた。
「ねえ、ふたり、食事もするみたいよ。あたしたちも、何か食べておきましょうよ。あたし、トイレに行ってから、タクミさんに合流するわ。」
マリコと男は、レストランの窓際に座っている。
タクミは、気づかれないような距離をおいて座った。
「お待たせ。ねえ、どうなった?」
「いや、どうにもなってはいないよ。」
「あ、あの人ね、マリコさんと駆け落ちしてるのは。」
「いや、駆け落ちと決まった訳じゃない。」
「なんなら、今、声を掛けに行ったら、どうなのよ。」
「いや、まだ、もう少し、ふたりの関係を探るべきだろう。そうじゃないか。」
「そうじゃないかって、声をかける勇気がないだけでしょ。」
「なのかな。でも、どうして、マリコは、あの男と車に乗ってるんだろう。」
「どうしてなんだろうね。でもさ、こうやって、タクミとあたしと、こうやってるのを、他の人が見たら、あたしたちカップルに見えるかもよ。ひょっとしたら、あたしたち、駆け落ちしてるように見えるかも。だって、あなた、暗い顔してるもん。」
「、、、駆け落ちする時って、暗い顔になるのかね。」
「そうだね。状況によるね。だって、駆け落ちなら、ふたり愛し合ってるから、きっと、嬉しそうな顔になるだろうしね。でも、逃避行なら、それとか、もうこの世では一緒になれないから心中しようってときは、暗くなるのかもね。」
「あ、今見たか?マリコが、焼肉定食の肉を2切れ箸で摘まんで、男の皿に乗っけたぞ。あれって、やっぱり、ふたりは付き合ってるってことじゃないのか。」
「マリコさんが、男に焼肉を上げたんなら、マリコさんが、男に惚れてるってことなのかな。」
「なんか、ちょっと腹が立つな。でも、ふたりともあんまり嬉しそうじゃないように見えるけどな。」
「はい。どうぞ。」
と、ヨウコは、食べているカレーの肉を一切れスプーンで掬ってタクミのカレーの上に乗っけた。」
「なに?これ。」
「あなた肉大好きでしょ。あはは。これで、あたしたちもマリコさんと同じよ。どう。」
「どうったって。まあ、肉はありがとう。うん、これ良く煮込んであるから、サービスエリアのカレーにしては、旨いね。いや、実はね、マリコが作るカレーは、いつも薄い肉が入ってるんだ。うん、あれはあれで好きだけど。やっぱり、お店で食べると、肉が大きいから、食べた気がするね。」
「そうなんだ。あたしも、薄い肉派だよ。っていうか、それより、あたし普通にあなたと、マリコさんを追いかけてるけどさ、元カノと一緒にいるっての、マリコさんが知ったら、きっとショックなんじゃないかな。それで、もし問い詰めても、あたしたちは、どうなのよって、そんなことにならない?」
「じゃ、元同僚ってことにしてくれないか。」
「それはいいけど、マリコさんも、あの男の事、元同僚って説明したら、どうするのよ。あはは。そうなったら、笑うしかないか。」
「でもさ。実際のところ、マリコさんとは、うまくいってたの?どうなのよ。」
「うん。うまくいってた気がするんだけどなあ。」
「ケンカとかしなかった?」
「ケンカは、ほとんどしたことがないよ。、、、、ただ。」
「ただ、何?」
「1度だけ、僕に、別れてくれないかなって言ったことがあるよ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。別れてくれって、それで決定じゃん。どう言ったのよ、その時。」
「あっ、ちょっと待って。店を出るみたいだよ。追っかけよう。」
タクミとヨウコも、車に乗って、マリコの車を追った。
「ねえ。それで、どうなったの。」
「何が?」
「何言ってるのよ。マリコさんが別れてって言った時よ。」
「ああ。急に言うもんだからさ、どうしたの?ってぐらいしか答えられなくて、そしたら、冗談よって言うから、ただ、それだけ。」
「それよ。もう、その時から、男と付き合ってたのよ。」
「でも、もう1年ぐらい前の話だよ。その時から始まってたなら、それで今のタイミングは、ないんじゃない?」
「潜伏期間だったのよ。ほら、ウイルスみたいに。その間、マリコさんの心の中で、密かに恋心が増幅していったのよ。」
「でもさ、さっき、初めて相手を見たけどさ、そんな大したことない男だったじゃない。あんな男にマリコが駆け落ちするぐらいに惚れるかね。」
「お金持ってるとか。今、流行ってるIT関係とかさ。」
「安物の服着てたじゃないか。あれ、きっと百貨店じゃなくて、近所のスーパーで吊り下げられてたやつだよ。セールのさ。」
「じゃ、夢を持ってる人なのよ。女はね、やっぱり夢を持ってる人に惹かれるのよ。目をキラキラさせて、夢を語る男って、キュンってなっちゃうのよ。」
「夢ね。」
「あなたさ、あたしの前で、夢を語ったことある?いつも、会社に行って、帰りは、安い居酒屋で飲んで帰る。それで満足してるんでしょ。現状維持がベストだって思ってるでしょ。あなた夢を見ない人だもんね。」
「ヨウコは、地味に、僕をディスるのが、上手いね。」
「だって、そうでしょ。そうだ、今、語ってよ、あなたの夢を。」
「夢なんてないよ。ただ、思うのは、普通に暮らしたいってことかな。」
「ほら、詰まんない男。ひょっとしたら、マリコさんにとって、あっちの男の方が、夢をみさせてくれるのかもよ。」
「でも、ひとつ言うなら、誰かに愛してもらえることかな。それが夢だよ。」
「うーん。今のあなたが言うと、メチャ、悲しく聞こえるんだけど。そう言えば、それは誰にでも当てはまる夢かもね。あたしも、誰かに愛して貰いたいよ。ねえ、あたしと付き合ってた時、あたしのこと、愛してくれてた?」
「そりゃ、そうだろ。愛していたさ。」
「でも、今は別れちゃっている。愛ってさ、一瞬の事なんだね。そう思うと、寂しいな。今、愛してくれてても、いつか、愛されなくなる。そう思うと、愛されるって事は、奇蹟だよね。夢のまた夢。ねえ。念のため聞くけどさ。あたしのこと、愛してる?」
「愛してるって、、、。今でも、好きだよ。そりゃ、そうでしょ。」
「そうじゃないの。あたしが言ってるのは、もう、あたしに会えなきゃ気が狂っちゃうってぐらいに好きかって事。ああ、自分で聞いて、バカな事言っちゃったね。」
「好きってことだけじゃダメなのかね。でも、そういう意味では、マリコのことも、愛してるって言えるのかどうかって、そんなことを考えちゃうな。」
「ねえ。前の車のふたり。もしも、マリコさんが男の事を愛していて、それで、男もマリコさんの事を愛してるってことになったら、前の車の中で奇蹟が起きてるって事にならない?すごいことじゃない。」
「ふたり愛し合ってるのかな。」
「それは確かめてみないと分からないけど、もし、そうなら、タクミがマリコさんを問い詰めても、それ意味があるのかな。だって、愛し合ってるふたりに、愛してるって断言できないタクミが、ふたりを問い詰める理由ってある?ないよね。」
「でもさ。燃えるような愛もあるけどさ、相手を思いやる温かさのような愛もあると思うんだ。僕とマリコも、結婚してから、楽しい思い出も作ってきたし、殺したいほど憎いってこともないはずだよ。」
「楽しい思い出って、それ過去の話でしょ。やっぱり、女にとって、1番優先させるべきなのは、今目の前にある燃えるような愛なのよ。きっと、マリコさんは、今、幸せの絶頂なのよ。オシッコちびるぐらい。」
「いや。オシッコは、ちびらなくていいだろ。だいたい、ちびったら、シートが汚れるだろ。」
「それぐらい、幸せって事なのよ。そうだ、他に考えられる理由とか、兆候とか無かったの?」
「うーん。あれかな、マリコの作る味噌汁が薄いから、もっと味噌を入れてくれって言ったことかな。あの時から、嫌がらせの様に、味噌汁を薄く作るんだよね。」
「あのね、それじゃないと思うわ。でも、そんな積み重ねがストレスになってたのかもね。他に兆候なかった?」
「そういえば、ここんところ、友達の女子会だって言って、週に1回は飲みに行ってたかな。」
「そ、それよ。きっとあの男と会ってたのよ。決定ね。これで決まりだわ。ふたりは付き合ってる。」
「マリコは、僕を裏切ってたのだろうか。ひょっとしたら、男がマリコの事を一方的に好きで、それでマリコを脅迫して、無理やり連れ出したんじゃないかな。そういう事は考えられないかな。」
「ねえ、さっきのサービスエリアの様子覚えてる?マリコさんが、男の皿に焼肉を乗っけてたでしょ。脅迫されてるなら、あんなことしないよね。それか、マリコさんが男の事を好きで、脅迫して、男を連れまわしてるとか。あはは。それ、カッコイイね。それなら、マリコさんを応援しちゃう。」
「応援しちゃうって、、、、。」
「だって、愛する人を自分のものにしたいから、脅迫してでも相手を傍に置いておきたいって、それ、スゴイじゃないの。」
「でも、そんなことは有り得ないよ。」
「ねえ、あなた。いつまでマリコさんの車を追いかけるつもりなの。」
「それは、解らないよ。どうして、ふたりで車に乗ってるかを確認しないと。話は、それからだよ。」
「やっぱり、意気地なしなんだよね、タクミは。あたしなら、マリコさんの車を、無理やり停めてでも、話をするね。」
「そんな、強引な。」
「そうでもしなきゃ、いつまでも追いかけなくちゃならないよ。どこまで追いかけたらいいわけ。ねえ、もし、ふたりを問い詰めるとしたら、どう言うの。あなたたちは、どういう関係なのですかなんて、聞く訳?」
「そう聞くしかないだろう。」
「それで、あたしたち愛し合ってるの。だから、あなた、あたしと別れてって言ったら、どうするのよ。」
「、、、、仕方がないだろう。そうだろう、愛し合ってるんだもん。ふたり愛し合ってても、僕に戻って来てくれっていうのか?それで、もどって来てくれるのか?」
「それなら、追いかける意味ないじゃない。だって、ふたりとも愛し合ってるのは、もう分かったでしょ。きっと、愛し合ってるよ。ねえ、もう引き返さない?追いかける意味あるの?あなたの中でさ。」
「本当の事が知りたい。」
「あのね。本当の事って。そんなの知ったところで、どうなるってことなの。愛し合ってるって言われても、仕方ないんでしょ。それに、あなたの嫌なところを、あれやこれや言われても、それを直すから帰って来てっていっても、たとえ帰って来ても、上手くいくはずないじゃない。別れたい理由を、そんなに聞きたい?」
「じゃ、どうしろっていうのさ。」
「帰ろうよ。もう、追いかける意味無いよ。それに、もし駆け落ちじゃないなら、理由があってのことなら、その理由が終わったら、あなたのところに帰って来るでしょ。それを待った方が良いよ。それで、帰ってこなかったら、それなら、あなた、マリコさんの事を諦めなさいよ。」
「、、、はあ。」
しばらく考えていて、タクミは、深いため息をついた。
「そうだよね。どんなパターンを考えても、このまま追いかけても、ハッピーエンドな結末にはならないか。」
そう言ったら、しばらく車を走らせて、次の出口で高速から下りた。
「ねえ。帰りに回転ずしにでも寄って帰ろうよ。」
「あはは。安上がりな女だね。やっぱり、ヨウコと来てよかったよ。お陰で気持ちの整理がついたよ。あ、でも、ちょっと待って。さっきのサービスエリアのお店のふたりさ。何か暗く無かったか?ほら、さっきの高速の先に、有名な自殺の名所があっただろう。ひょっとしたら、心中ってことはないか。ごめん。もうマリコの事は諦めるけど、最後まで、追いかけていいか?それで、その自殺の名所に行かなかったら、そのまま帰るからさ。」
「、、、、いいわよ。ここまで来たんだから、付き合ってあげるわ。ほんとに、あなたって、優柔不断なのかしらね。まあ、それが、あなたの優しさなのかもしれないけどさ。」
タクミは、ハンドルを切って、高速に向かった。
「あ、ちょっと待って。マリコからメールが来たよ。」
〈メールの文章〉
「あなた、今日、会社の同僚と女子会なんだけどさ。リカが、家に泊まれって言ってるのよ。ひょっとしたら、リカの家に泊まるかもしれないよ。その時は、ちゃんと晩御飯食べて、先に寝ててね。」
それを見たヨウコが呟いた。
「あんたの嫁。スゴイね。」
タクミは、それには答えずに、車を路肩に停めて、疲れた顔で唇を突き出した。
「ねえ。明日さ、マリコさんは、家に帰ってくるのかな。その時、あなた、マリコさんに、どう接するの?普通でいられる?」
「どうしたらいい?」
「あたしが聞いてるのよ。あたしなら、1発、殴ってやるわ。何、他の男と泊まったんだって、怒鳴ってやるわ。」
「そんなことしたら、可哀想じゃないか。だって、マリコが、幸せなら、男と出て行かないだろう。マリコが今まで幸せじゃなかったら出て行った。その理由は、僕がマリコを幸せにしてあげられなかったからだろう。」
「なに、まだ、そんな意気地のないことを言ってるのよ。それだから、マリコさんが、他の男を作るのよ。、、、あ、ゴメン、言いすぎちゃった。今のは、本心じゃないの。」
「ヨウコの言う事は、本当の事だよ。僕、、、ホント、ダメなやつだね。」
「明日、マリコさんが家に戻ってきて、夕食とか作るでしょ、普通に。それを、あなた、平気な顔で食べることが出来る?それで、美味しいねって言って、ニコリと出来る?」
しばらくの間、タクミは黙っていたが、ようやく一言、呟いた。
「家に帰りたくないな。マリコに会いたくない。どうマリコと接していいかわからないよ。」
「ねえ。タクミ、今日は、あたしの家に泊まる?」
「いいのか?」
「うん。いいよ。それかさ、これから、マリコさんみたいに、ふたりで、駆け落ちする?」
「駆け落ちって、愛するふたりがするものだよ。」
「あのね、あたし、久しぶりにあなたと付き合って、燃えるような愛じゃないけどさ、何て言うのかな、あなたを放っておけないっていうか、そんな気持ちになってるのよ。だから、付き合ってあげてもいいよ。」
「こんな状況の僕に付き合ってくれるってのか。」
「そうだ。あたしね、修学旅行で鹿児島に行ったのね。いつか、その修学旅行で行ったコースを、もう1度、周ってみたいって思ってたのね。だから、今から、鹿児島に行かない?あたしだけの想い出の地だけど、どうせ、あなたも家に帰りたくないんでしょ。だから付き合って。」
「、、、、ヨウコ。ありがとう。」
タクミは、九州に向った。
〈タクミとマリコの自宅〉
近所の人が話している。
「ねえ。この家の御夫婦。どこかへ行ってるのかしら。だって、新聞受けに、新聞が入りきらなくて、落っこちちゃってるわよ。」
「そういえば、3日ぐらい見かけないわね。」
「ひょっとしたら、海外旅行に行ってるのかしら。」
「あら、いいわねえ。ふたり、仲が良かったしね。ひょっとしたらハワイとか。」
「今頃、アロハ―なんてね。ヤシの木陰でイチャイチャしてるわよ。」
「仲がいいのって、ほんと、羨ましいわね。」
その頃、愛し合っているマリコと男の乗った車が、北に向かって走っていた。
そして、燃えるように愛し合ってはいないタクミとヨウコが、南に向かって走っている。
2つの車は、どこにたどり着こうとしているのだろうか。
そして、その2台を追いかける車は無かった。
「ねえ。あのふたり、これからも、ずっと愛し合って生きていくのかしら。」
「愛なんて、一瞬のものだよ。愛し合ってるなんて、幻想にしか過ぎないよ。誰かを、永遠に愛することなんて、不可能さ。」
そう言ったタクミを見ると、嬉しそうに笑っているようだった。
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